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多文化共生を実現するのは「地球市民」の子どもたち~ジョン・スタンフォード・インターナショナル・スクール~

 

ウォーリングフォードにある公立小学校のジョン・スタンフォード・インターナショナル・スクール(以下JSIS)では、英語で半日授業、もう半日は日本語またはスペイン語で授業を受けるデュアル・ランゲージ・イマージョン・プログラムを実施しています。同校の特徴と魅力について、保護者の方たちとシアトル市教育委員会のミシェル・アンシオー・アオキ国際教育主任に話を聞きました。

文:ブルース・ラトリッジ、翻訳:宮川未葉

 

日本語環境で自然に言語と文化を学ぶ

イマージョンとは「浸す」ことを意味し、母国語を使わずに他言語で教科内容を学ぶ。英語以外の言語「を」学ぶのではなく、その言語「で」学ぶ教育方法だ。シアトル学区で提供する日英デュアル・ランゲージ・イマージョン・プログラムでは、2000年の開始以来、何百人もの生徒が学んできた。JSISも同プログラム実施校で、この2018年度は468名の児童が日本語またはスペイン語で授業を受けている。

なぜ、同校の保護者は近所の一般的な小学校ではなく、JSISを選択したのだろうか。それは子どもにとって「豊かな経験になる」と信じているからだ。子どもが日本語コースに通う保護者のひとり、ハイディ・ライツマンさんは、学業だけでなく日本の言葉や文化も学ばせたいと話す。「親族の半分は日本人。ここで学ぶことは、息子の人生に大きな影響を与えるはず。誕生の瞬間から、この子には日本語と共に人生を歩んで欲しいと思っていたので、JSISの存在を知るやいなや『ここに入れなくちゃ』と直感しました」

同じく保護者のソフロナス由希さんは、日本での教師経験から、第2言語を自然に覚えることの難しさを痛感していた。「日本では全員が学校で英語を学びますが、一生懸命勉強し、お金をかけても、自然に話せる域に到達するのは難しいのが現状です」。由希さんは、ロサンゼルスのイマージョン校を訪問した際に、子どもたちが言語を自然に覚えることに感銘を受けた。シアトルにもあると知り、自分の子どもを通わせたいと心に決めていたそう。「学校でよくボランティアをするのですが、ほんの数カ月の間に子どもたちが自然に言葉を覚えていて驚きます」

夫が大阪出身で双子の娘が同校に通う、保護者のデイリン・オズビー・サンディさんは、別の言語・文化を知ると「世界が広がる」と話す。「物事の見方、やり方には、さまざまな選択肢があることを理解するだけで視野が広がります。とても貴重な体験です」。言語だけでなく、文化のイマージョンも素晴らしいと語るのは、保護者のエミリー・メノン・ベンダーさん。「JSISの大きな強みのひとつは、日本語とスペイン語という2言語があること。日本語と日本文化だけでなく、スペイン語圏の様子もわかり、さらに世界が広がります」

シアトル市教育委員会のミシェルさん(写真中央)とJSIS保護者の皆さん(写真左からハイディさん、デイリンさん、由希さん、エミリーさん)
移り変わるイマージョン教育

イマージョン教育は50年ほどの歴史を持つ。シアトル市教育委員会の国際教育主任でJSIS計画を進める委員会メンバーのひとりでもあった言語学者のミシェル・アンシオー・アオキさんによると、カナダのフランス語圏に住む英国系の保護者が、フランス語を知らないことで子どもたちが不利にならないようにと始めたフランス語のイマージョン・プログラムが始まりという。初期のイマージョン校では、「一方向性イマージョン」と現在呼ばれる方式を採用していた。「英語話者である生徒が、英語以外の目標言語に堪能となるようにするものです。こうしたプログラムには、もともと目標言語を家で話す子どもたちは入れないケースが多くありました」。しかし、「言語の維持」への関心が高まる中で、イマージョン教育も変遷を遂げる。「目標言語を話す子どもには、目標言語に加え、英語の時間が設けられるようになりました。この20年間の多くの研究から、最も効果的なのは、生徒が両言語で貢献し、教師だけでなくお互いから学べる『双方向性モデル』であるということがわかってきました」

JSISは4年前からオープン・エンロールメントのオプション・スクールとなり、従来の通学区外の児童も、シアトル市内在住であれば通えるようになった。ハイディさんは、「それ以来、日本語のネイティブ・スピーカーの入学者が増えました。スペイン語コースでも同じことが起こっています」と明かす。同校は、英語を話す児童が日本語を学べるだけでなく、日本語をもともと話す児童が日本語を維持するにも大きく役立っている。

 

多様性は障壁でなく強み

校名は、1995年にシアトル学区赴任となったジョン・スタンフォード元教育長の名前が由来だ。同校の誕生も、同氏によるところが大きい。「陸軍大将を退職したスタンフォード氏は、言語が生死を分けるという、言語の価値に関して普通とは違うグローバルな経験をしてきました」と、ミシェルさん。

学区内の学校を視察したスタンフォード氏は、行く先々で、次のような訴えを聞くことになる。「困りました。130もの言語を話す子どもたちに、どうやって教えれば良いのでしょう。英語を話すこともできないんです」。スタンフォード氏は、こう答えた。「それは大きな財産になります。他言語を話す子どもたちは国を豊かにしてくれます。安全保障、ビジネス、経済、どんな分野でも世界の一員となるには言語能力が不可欠ですから」。英語ができないという「欠陥」から「財産」への転換。ダ
イバーシティ(多様性)は乗り越えるべき障壁ではなく強みと見なしたスタンフォード氏の先見の明が、この言葉にはよく表れている。スタンフォード氏は、誰もが言語学習者となる国際的な学校構想について熱心に訴えた。シアトル学区は閉校が続いて生徒の流出に悩んでおり、この学区に来たいと思わせる何かを探していた。そして、当時のオプション・プログラム・アット・スワード・スクール(TOPS K-8スクール)校長であったカレン・コダマ氏が、同氏に賛同。開校準備の指揮を執ることになり、連邦政府に交付金を申請し、開校の準備を進めた。

日本語とスペイン語を教えることになったのは、ビジネス的な判断からだ。「スタンフォード氏はビジネス界を強く意識していました。カレンが行った調査では、開校準備中の当時、ビジネス界はスペイン語と日本語が話せる人材を渇望していました。あと5年で中国語のニーズも高まるという話でした」と、ミシェルさんは続ける。シアトルの日系社会に与える影響も、それを後押しした。「日本語に決まったのは、1990年後半から2000年代まで、ビジネス界にとって重要な言語だったという以外に、もうひとつ理由があります。カレンは日系3世です。シアトルの日系コミュニティーは(第二次世界大戦中の強制収容や財産の没収など)過去に多くを奪われてきました。JSIS計画委員の多くがそれを認識しており、日本語はこの地域にとって非常に重要な文化的意義を持つと考えたのです」

当初計画されていたキンダーガーテンから高校までのイマージョン一貫教育は叶わなかったが、2000年秋には新しいインターナショナル・スクールがリンカーン・ハイスクールの地に開校した。やがて現在の地に移転すると、白血病を患い、開校を待たずに世を去ったスタンフォード氏の名前を校名とし、現在に至る。そして2019年秋、スタンフォード氏の遺志を継ぐかのように、デュアル・ランゲージ・イマージョン・プログラムを導入したリンカーン・ハイスクールが再オープンすることになった。シアトルの公立校で、同氏が熱望していたイマージョン一貫教育が、今ようやくスタートするのだ。

JSISの正面玄関ロビーには、故ジョン・スタンフォード氏の肖像画が飾られている
インターセクショナリティで新時代を拓く

イマージョン教育を通して子どもたちはどのように変わったのだろうか。ハイディさんは、自身の母が息子と話すのを見聞きするたびに、子どもの成長を実感すると笑顔を見せる。「普段は息子がどれだけ学んでいるか気付きませんが、息子が母との間で私とはできない会話をたくさんするようになっていて、私の決断は間違っていなかったと確信しています。このような絆が育めたことは幸運でした」

デイリンさんの2人の娘は、日本とハワイで日本の親族と会う時に通訳をしてくれるそう。「2人ともとても満足そうにしていて、こうして育まれた自信は、ほかの場面でも役に立つと思います。また、私たちはユダヤ系でもあるのですが、お正月とユダヤ教の過越(すぎこし)の祭りを結び付けるなど、他文化を関連付けて考えられるようになっています。まさに文化の橋渡しですよね。子どもたちはひとつの物事が複数の側面を持つことを理解しています。これはインターセクショナリティ(交差性)と呼ばれるそうですが、この言葉は私が子どもの頃にはありませんでした」。また、エミリーさんは、親族に日系人や日本人はいないが、小学5年生の終わりに実施される日本への修学旅行に付き添いとして参加した際、イマージョン教育のメリットを改めて理解できたと打ち明ける。「ほとんどの子にとって初めての日本。国外に出るのも初めてかもしれないのに、日本でちゃんとやっていけるスキルを持っています。日本に行ったことで、子どもたちの自信もぐんと高まりました」

そして、インターセクショナリティが、社会を変革していくような大きな力につながっていくと保護者たちは感じている。由希さんは、交換留学生としてオハイオ州で過ごした経験を持つが、教科書で習った「人種のるつぼ」とは裏腹に、学生たちが食堂で人種ごとに分かれて座っていることに衝撃を受けた。しかし、JSISでは日本と直接つながりのない保護者たちが、日本のことを知りたくて、由希さんに話しかけてくるそうだ。「シアトルのコミュニティーはいろいろな人々が混ざって一体となっています。子どもたちが幼いうちからインターセクショナリティの環境になじんでいれば、新聞で報道されているような多くの問題が解決できると思います」。エミリーさんもこう語る。「大事なのは『地球市民』という考え方。インターセクショナリティを目の当たりにする機会を実際に持ち、寛容性を培うことが大切です。何事も柔軟に考え、ひとつの方法だけではなく別のやり方も経験すること。そうすれば、そのツールを使ってどうしたらこの社会をもっと良くすることができるか問いかけることができるようになるのではないでしょうか」

※同記事の英語版はコチラ

 

2019年度シアトル学区オプション・スクール ※申し込み受付期間2/4(月)~15(金)
日英デュアル・ランゲージ・イマージョン・プログラム実施校
日本語コースがあるのはJSISと、同じくウォーリングフォードにあるマクドナルド・インターナショナル・スクールの2校。シアトル市内在住であれば申し込め、期間中にシアトル学区のウェブサイトから希望校申込書を入手し、オフィスまたはメールで提出する。応募者多数の場合は抽選。目標言語のネイティブ・スピーカーまたは目標言語を母国語とする親の元で育ったヘリテージ・スピーカーには優先枠がある(日本語面接あり)。編入を希望する児童も小学2年生以上は試験を受ける。詳細は問い合わせを。
Seattle Public Schools Admissions Center
2445 3rd Ave. S., Seattle, WA 98134
☎206-252-0760
admissions@seattleschools.org
www.seattleschools.org
※デュアル・ランゲージ・イマージョン・プログラムについては、ミシェルさんに
☎206-252-0191、maaoki@seattleschools.orgにて直接問い合わせを。

 

┃スクールツアー

▶John Stanford International Elementary School

日程:1月30日(水)9am~10am/5:30pm~6:30pm
場所:校内図書室 4057 5th Ave. NE., Seattle, WA 98105
☎206-252-6080
http://stanfordes.seattleschools.org
※2019年度キンダーガーテン日本語コースは1クラス。

▶McDonald International Elementary School

日程:1月31日(木)8:05am~9:30am/6:30pm~7:30pm
場所:校内カフェテリア 144 NE. 54th St., Seattle, WA 98105
☎206-252-2900
http://mcdonaldes.seattleschools.org
※2019年度キンダーガーテン日本語

NOTE
上記2校を卒業後、同じウォーリングフォードで、中学生はハミルトン・インターナショナル・スクール、2019年度からは高校生もリンカーン・ハイスクールで、日英デュアル・ランゲージ・イマージョン・プログラムを継続できる。

Bruce Rutledge worked as a journalist in Japan for 15 years before moving to Seattle to found Chin Music Press, an independent book publisher located in Seattle's historic Pike Place Market.