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沖縄を後にして
およそ3年間住んだ沖縄県名護市を、2月初め後にした。そもそも初孫が生まれたので名護市に移っていったのだけれど、オークランドに住む末娘にも孫ができたのでシアトルに戻ったわけだ。幸い我が家は古いがそのままにしてあったので、2時間ほどで行けるオークランドへは沖縄から行くより断然近い。共働きの娘たちには2カ月に一度くらい行ってあげると助かるということで。
友だちには子どもを甘やかせているといわれるが、母がなく育った私には、母にしてもらいたかったことを娘にしているだけで、いわば自己満足なのだ。
というか、やっぱり孫はかわいい。沖縄の孫も赤ちゃんの頃は毎日一緒にいたけれど、3歳になり保育園に行きだしたら、おばあと遊ぶ時間はあまりなくなってしまった。週2、3回夕ご飯を食べて、寝るころには帰るだけ。
昼間の暇な時間をつぶそうと始めた水泳は、元気な高齢者の集まりで、プールのわきにあるジャグジーでのユンタク(ちょっとしたおしゃべり)。道際に雑草のように生えているハイビスカス、軟骨入りの沖縄そば、郵便局で売っている新鮮な卵、近所の80歳の美容師さんなど、ああ、懐かしい!!
アメリカに帰ってみてつくづく思うことは、アメリカ人は自己中心で全て正しいか間違っているか白黒をつけ、自分のサイドを押し付けようとする。10人いれば10の正しいことがあるわけで、私からすると白も黒もなく全てがグレーの、極端に黒に近いグレーと極端に白に近いグレーで、その濃さはケース・バイ・ケースで変わって仕方がないと思うのだ。
沖縄県は東京都より少し大きな面積に、米軍基地が日本全国の70%以上も占めている。一昨年の秋まで街のスーパーではドルで買い物ができ、英語も頻繁に聞こえてくる。それでも人々はアメリカ人の真似をしたり、そのさまを振舞ったりしない。東京人のように自分を他人と比べて得意になったり人を見下げたり、逆に悲観してみたり不安がったりというのは見たことがなかった。琉球民族の伝統に誇りを持ち流行には左右されずに、人が幸せならそれもよし、「いちゃりば、ちょうでぃ (そこにいあわせたら、みな兄弟)」。だから親戚同士のように、道ですれ違うと目を合わせてお辞儀をしたり、バスの中では声をかけられたりする。一万年以上続いた縄文人と似ている部分があるときく。
沖縄で優しい人に触れ、癒され自分も優しくなれていたのに、アメリカに来てアメリカ人の嫌さに触れ、また嫌な自分になったわけだ。
と、ふと思った。人間て鏡なんだな。沖縄人のやさしさが私に反映されたということは、私の嫌さが、逆にアメリカ人に映し出されちゃったのかしらね。
くわばらくわばら。



