By 佐々木 志峰
5月に迎える、アジア太平洋系ヘリテージ月間。日系のヘリテージもその一つとして目が向けられるだろう。
降り立った空港で「ミネタ」という名前がアナウンスで響いた。カリフォルニア州のサンノゼ。同地出身の日系二世、ノーマン・ミネタ氏の名前を冠している。米国本土の主要都市で日系人として初めて市長に選ばれ、その後も連邦議員、クリントン政権で商務長官、ブッシュ政権で運輸長官を務めた日系政治家の先駆者。当地始め、各地に生まれた日系政治関係者に多くの影響を与えてきたに違いない。
レガシーを伝える一環としてゆかりの地となる道路、建物、施設などに名前を残していくことも多い。男子テニスで2014年のメジャー大会全米オープン準優勝がまだ記憶に新しい錦織圭選手。彼が長年拠点とするIMGアカデミーには「ケイ・ニシコリ・グランドスタンド」というテニスコートがある。若くして米国に渡り、テニス選手として腕を磨いてきた。同じ施設で練習し、彼の背中を追う後輩たちからも大きな敬意が寄せられていると聞いた。
今年は時間的になかなか目にする機会を持てず残念な思いだが、当地では美しい桜の数々が開花時期を順番に変えながらた楽しみをもたらしている。この季節における観光アクティビティーの一つともいえるだろうか。そのタイミングで新たな「名所」が一つ増えた。
2025年にアジア人として初めて米国野球殿堂入りし、地元マリナーズからも長年の活躍と功績を讃えられ、背番号「51」が永久欠番入りしたイチロー氏。今度はチーム本拠地のTモバイル・パークに銅像が建ち、4月10日に除幕式が行われた。
現役時代の代名詞となった打席のポーズ。今後何世代にもわたり、伝説的なプレーや記録の数々が銅像を通して語り継がれることになる。「米国の中でふるさとはこれからもシアトル」とイチロー氏。そのつながりが、より強く確かなものとなった。
それぞれの地で語り継がれる偉人のレガシーとつながりを再確認できた時間だった。





