Home 食・旅・カルチャー 地球からの贈りもの~宝石物語~ 機械式時計

機械式時計

ダイアナ元妃が交通事故で亡くなってから20年。当時、私はその数週間前に長女が生まれ、昼夜問わない新生児の世話に明け暮れていた。ダイアナ元妃の悲劇からほどなくして、マザーテレサも亡くなった。テレビを信じられない気持ちで見ていた記憶が蘇ってきた。
気丈に葬儀に列席していた2人のプリンスも、2児を持つ未来の国王と、婚約間近を噂される立派な青年に成長した。ハリー王子は母の形見の宝石を婚約指輪にして送るとも噂される。故ダイアナ元妃も結婚に際して様々なジュエリーを贈られた。そのうちの一つがエリザベス二世が所有していたブレゲのプラチナとダイヤモンドの時計だった。
前回はテクノロジーの最先端を行くスマートウォッチの話題だったので、今回は別の意味での技術の集大成である時計のコンプリケーションをちょっとご紹介しよう。
故ダイアナ元妃が譲り受けたブレゲとは、パテック・フィリップ、ヴァシュロン・コンスタンティンと並ぶ世界3大時計メーカーと言われる。ブレゲは1775年創業、顧客リストにはかのマリー・アントワネットも名を連ねる。機械式時計には様々なコンプリケーションと呼ばれる機能があるが、その中でも、トゥールビヨン、永久カレンダー、ミニッツリピーターがその機能の上位と言えるだろう。
昔の時計と言えば懐中時計で、入れるポケットや傾きが偏っていると、かかる重力の差による誤差が生まれる。誤差を帳消しにするような機能がトゥールビヨン。その特許を1801年に取ったのがブレゲである。1930年には腕時計にも搭載した。その後、機械式時計の衰退があり、長い間制作されていなかった。しかし、1983年に当時の社長がお抱えの時計職人たちにアンティーク時計などを研究させ、見事に復活させた。
永久カレンダーは、永久に時計の日付を調整しなくて済むというコンセプト。4年に一度のうるう年にも対応して正確な時を刻む。実際は2100年には調整が必要らしいが、この先80年近く日付調整なしというのは、驚きの技術である。
そして前述の機能をしのぐ、機能のトップと言われるのがミニッツリピーター。簡単に言えば、現在のアラーム機能と言ったところか。機械式腕時計が時刻を知らせてくれるのだが、熟練職人が200~300時間もの時間を工程に要する。アラームの音色の美しさは、職人の腕によりそれぞれが一点もの。どのように時間を知らせるかというと、例えば2時49分であれば、2時を表す低音のゴングが2度鳴る。そして45分を表現するため1回が15分を意味する中間音が3回、15分×3回=45分。そして余りの4分を表すために、高音が4回鳴るという仕組み。
これら時計のコンプリケーションも、1960年代のクオーツ革命を機に廃れてしまう。それを復活させたのがパテック・フィリップの当時の社長である。ブレゲのトゥールビヨンと同様に職人たちに過去の時計を研究させ、1989年の創業150周年に見事復活させた。
一つでも凄いのに、これらのコンプリケーションが1つの時計に集約されたらどうなるか。答えは、最も高い値で競り落とされた$7・3ミリオンのパテック・フィリップ社の腕時計にある。この値段を聞いてどんな時計を思い浮かべるだろう。金無垢? ダイヤが眩しくて時間が読みにくい時計? トゥールビヨン、永久カレンダー、ミニッツリピーターが全て搭載されたこの時計。見た目はその辺の時計と何も変わらない。しかし中身は時計職人の最高峰の技術と英知が凝縮されている。
今は動画サイトでどのように動き、どのような音色を奏でるのか聞くことができる。是非探してみては。その存在感に圧倒されるはず。
(倫子)

80年代のアメリカに憧れを抱き、18歳で渡米。読んだエッセイに感銘を受け、宝石鑑定士の資格を取得。訳あって帰国し、現在は宝石(鉱物)の知識を生かし半導体や燃料電池などの翻訳・通訳を生業としている。