第七回　 蒲井からアメリカへ移民した人々（前編） 〜二世新舛與の生涯

二世新舛與の生涯

By 新舛しんます 育雄いくお

第七回  蒲井からアメリカへ移民した人々（前編）

山口県の南東部にある上関町かみのせきは、室津むろつ半島の室津、長島にある上関、戸津へつ、蒲井、白井田しらいだ、四代しだい、祝島いわいしま、八島やしまからなる。1888年に市制・町村制が交付された時には室津村と長島・祝島・八島の三島からなる上関村があった。1889年の室津村の人口は、男1660人、女1640人。上関村は男4062人、女3878人であった。

蒲井は長島の中央部に位置し、上関からは約４ｋｍ西に位置する。家屋軒数はおよそ100軒で、人口は400人程度であった。蒲井は、半農半漁の人々が暮らす小さな村ながら、アメリカ帰りの人がたくさん住んでいた。英単語が日本語に入り交じり、筆者が子どもの頃からパンやコーヒーを常食とする人が多くいた。村には島の一番高い所まで段々畑があり、蒲井の人達の勤勉さを物語っている。

1885年頃の上関村、室津村での生活は貧困を極めていた。この貧困から脱出を計るため、大勢の蒲井の住人は仕事を求めて海外へ向かい、みなそれぞれの国で身を粉にして働いた。上関町史によると、当時蒲井から北米に28名、ハワイ*へ26名（うち、後に６名は北米へ移る）の計40名が海外へ渡航している。
*1885年のハワイはアメリカの一部ではなく、「ハワイ王国」という独立国だった。

冒頭で述べた通り、蒲井の家屋軒数は100軒。蒲井から海外へ移住したのは40人、つまり約40家族となり、これは村の家の40パーセントに相当する。同村が非常に高い移民率を誇る村だったことがわかる。北米に向かった28名の名簿が『上関町史』に記載されている（以下渡航者リスト参照）。

北米渡航者28名のうち８名(29パーセント)は密入国であった。渡航後に帰国した者は20名（71パーセント）で、現地死亡が５名(18パーセント)、永住は３名(11パーセント)である。子どもは３家族（上杉家、吉田家、宮崎家）の５名がアメリカに永住している。この中に『ジム・吉田の二つの祖国』の著者として著名なジム・ヨシダがいる。

蒲井では細々とした農業と漁業でしか生活ができなかったため、多くの人が大望を抱いてアメリカへ渡っていった。この移民の第一の目的は、何より先に金を稼ぐことであった。移民した人たちは皆、日本に残った家族に仕送りをした。

『上関町史』によると「蒲井地区から渡航した人たちは、移民というよりむしろ出稼ぎといった方が至当で、いわゆる『故郷に錦を飾る』といった立身出世の考え方が強かった」このことは28名の内20名（71パーセント）の人が帰国していることが示している。

『上関町史』では渡米した成功者について次のように記述している。

「渡米した人たちは、ある程度初志を貫徹して財をなし、昭和初期までにほとんど帰国し、郷土や地域社会の発展に寄与してきた。なかでも、新舛松義、河内留蔵とめぞう、新舛重五郎、木村嘉助かすけ、酒井又吉またきちらは特筆されよう。」

本稿第５回（https://napost.com/ja/niseiatae-07252025）で述べたように新舛松義、新舛重五郎は筆者の父與の伯父である。また、酒井又吉は第６回（https://napost.com/ja/vol-6-08222025）で述べたように筆者の祖父與右衛門の妹の夫である。

蒲井からアメリカへ渡航した何人かの人が当時の書籍、新聞等に取り上げられ、アメリカでの活躍奮闘の様子が記されている。

蒲井の写真。2015年頃筆者撮影

木村嘉助

木村嘉助は1872年３月５日に蒲井で生まれ、28人の中でも最初に北米へ渡航を試みた。『上関町史』によると「木村はハワイより北米のシアトルに移住した。木村の本土への移住は、アメリカ政府のハワイよりの日本人労働者本土移住策をとった1902年ごろと考えられる。こうして蒲井にいる若者らに『蒲井にいてはつまらん』という呼びかけに応じて、多くの若者が渡米したという」

1907年刊行の『北米ワシントン州日本人事情』の中に次の記載がある（下画像参照）。

木村嘉助に関する記事。『北米ワシントン州日本人事情』

「原籍地　熊毛郡上ケ関村長島　現住所　シアトル市ワシントン街163番
理髪、洗濯、湯業　木村嘉助
電話インデ　A 1556

1901年12月北米ワシントン州シアトル市に上陸し、自営者足らんとするか為めに、資力を造ることの急務なるを感じ、白人の許にありて労働に従事すること九ヶ月に及べり、而して独立業を開始するの運びに至りしかば、1903年５月現住所に於て、理髪を主とし、洗濯、西洋風呂をば兼業となして営業を始めたるに、日進月歩の勢を以て基礎を賢固にし、今や進んで拡張の機に接せり」

長谷川嘉四郎かしろう

長谷川嘉四郎は1885年７月29日、蒲井に生まれた。『米国西北部日本移民史』に次の記載がある。

「1915年渡米シアトルに上陸後、シアトル、タコマ附近に在住各方面の労働に従事し、1919年ポートランドに移りコロンビヤビルに養豚業を始め引き続き今日に至り、現在に於ては取引額一カ年十万ドルの巨額に達す。氏は多く語らずといえども然も談話の要領を得る事早く渡米最初の素志を捨てず、朝は霜を踏んで町に食料の取り集めの難業を嫌はず、日夜勉めて倦まず、家業に忠実なるの傍ら又善く公共に務め、コロンビヤ同志会及び同国語学校等に関係して労を惜しまず。山口県人会等に対しては誠意を以て接し善く他を愛し粗衣に甘んじて社会の為に努力す。サク夫人との間に五名の子女ありて日本に袖子、妻子の二女を残し、ともえ、操、重子。の三女を膝下に養育して、錦絵帰国を楽みつつある。夫人又氏の意を体して善く努め、淑徳しゅくとく高く家事万端を一身に引き受け氏をして後顧の憂なからしむ。氏の今日あるは夫人の亦其一事を分つべし」

長谷川嘉四郎の養豚業の経営状況について、1926年の外務省資料に次のように掲載されている。

「資本18000ドル、取引売買製造髙40000ドル、使用人員、日本人１、白人１」

また、1925年『大北日報』の新年広告に「謹賀新年、長谷川養豚場」

戦後、長谷川家は村で唯一の旅館として繁盛した。

宮崎庄兵衛しょうべい

宮崎庄兵衛は1898年に蒲井で生まれた。庄兵衛の妹が、與右衛門の妻のアキだった。與右衛門は結婚するとき、蒲井から送られたアキの写真を見て、即座に結婚を決めた。與右衛門は庄兵衛とシアトルで親しくしていたので、安心して決められたようだ。

本稿第２回（https://napost.com/ja/vol2-04252025）でお伝えしたように、庄兵衛は與右衛門の葬儀後に風邪をこじらせ、肺炎になり死亡した。妻のヒチは未亡人となり、1941年２月に子ども二人を連れ、與と一緒に帰国した。（下写真参照／本稿第４回参照https://napost.com/ja/vol4-06272025）

1925年頃、宮崎庄兵衛と妻ヒチ、二人の子どもたち

戦後、ヒチは蒲井に居住し、よく新舛の家へ来た。筆者が子どもの頃、「宮崎のおばさん」と呼んでいた。筆者を特別に可愛がってくれたことをよく覚えている。

宮戸末吉みやとすえきち

宮戸末吉は1898年に蒲井に生まれた。本稿第２回でお伝えしたように1928年12月に筆者の祖父、與右衛門を急遽、車で病院に連れていったが、当時30歳の末吉だった。『北米時事』1939年１月２日版および1940年１月26日版によると、宮戸末吉は山口県人会の理事を務めていた。（『北米時事』から見るシアトル日系移民の歴史、第16回「県人会による日本人の結束」参照https://napost.com/ja/iminrekishi_vol16_1028）

中本太吉たきち

中本太吉は1896年蒲井生まれで、上記の宮戸末吉より２歳年上となる。結婚後、妻のイツと一緒にシアトルへ向かった。30歳頃に撮ったと思われる夫婦の写真（下写真参照）が與右衛門のアルバムにあった。新舛家の親戚ではないものの、慣れない海外での生活の中、蒲井出身者は皆が親戚同様につきあっていた。

筆者が幼少の頃中本太吉の長男が上関町役場に勤務しながら、蒲井で漁師をしていた。採れた魚をよく家へ持ってきてくれた記憶がある。とても親切なおじさんだった。
次回は「蒲井からアメリカへ移民した人々」後編として「吉田家の人々」についてお伝えしたい。

1926年頃中本太吉と妻イツの写真

参考文献
■ 上関町史編集委員会編『上関町史』1988年
■ 石岡彦一『北米ワシントン州日本人事情』1907年
■ 竹内幸次郎『米国西北部日本移民史』大北日報社 1929年