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シグネチャーデザイン

熊本の地震発生からひと月が経とうとしている。東北地方太平洋沖地震からようやく5年経ったと思ったら、今度は遠く離れた九州で。「何で日本ばかり」と思ったところでどうにもならないことぐらいわかっているのだが。

以前パールを題材にしたときにも少し触れたが、海の様相は地震によって一気に変わってしまう。5年前の大地震の時は牡蠣、そして今回は有明海のアサリが壊滅的な打撃を受けたようだ。もちろん農作物の被害だって計り知れない。

ただこの様な経済的な被害よりも、もっと辛いかもしれないのが、文化的な被害である。400年もの間、その雄姿で地方の人々の心の象徴となっていただろう熊本城が、遂に今回の地震でその姿を大きく変えることとなってしまった。屋根瓦や石垣などは、写真で見る限りでもかなりの被害だ。 

1995年の阪神・淡路大震災、5年前の東北の地震の時も、胸を打つのはそこにいる人々の強さだ。日本という国ができる以前から、この地に住む人は、この自然災害に立ち向かってきたはずで、そしてこれからもそれは続いていくのだろう。

前回の続きであるはずのブルガリとは全く違う話題から入ってしまったが、地震は別としても、今回の熊本城の様に文化とかシンボルを失うのは金銭をなくすよりも遥かに辛いだろう。「金は天下のまわり物」というぐらい、多かれ少なかれ浮き沈みがあるのが金銭。でも心のよりどころとなる文化なり宗教なりのシンボルが、その人の道しるべとなり、大きく道を外さずに人生を進んで行く糧となることは多い。

実はブランドにとってもそれは同じである。看板を長い間守るには、人目でそのブランドと分かるアイコン的デザインが必要。そのブランドの歴史でどれだけの宝石やジュエリーを生み出し販売しても、自社のアーカイブに保存し、ほぼ門外不出にしたいジュエリーがある。

例えばミキモトだったら、1937年のパリ万博に出店した「矢車」という帯留め。ティファニー社であれば、ティファニーダイヤモンドと呼ばれる黄色い四角いダイヤモンド。これはオードリー・ヘップバーンが「ティファニーで朝食を」でも身に着けているが、普段はバード・オンザ・ロックという、鳥がダイヤを突いているようなデザインのブローチとして本店に飾られている。

ハリー・ウィンストンやグラフなどは、自身の名前の付いた大粒のダイヤモンドをいくつも持っている(色や形が異なる)が、デザイン的には「このブランド!」という様なものがないと言っていい程。それを考えると、このデザインと言えばこのブランドというようなシグネチャーデザインが、長い間生き残るには必要なのかもしれない。

20世紀のダイヤモンド王と言われたハリー・ウィンストン亡き後、息子同士の相続争いなどでブランドの力が一気に落ちた。21世紀のダイヤモンド王であるグラフ氏も高齢なので、このブランドの行く末も不透明。それを考えると、ティファニー、カルティエ、ブルガリ、ヴァンクリーフ・アンド・アーペルなどは、これぞというデザインをいくつか抱えている。

先日運よく見ることができたブルガリ展で、これぞブルガリ社というようなジュエリーを山ほど見ることができた。そのうちのいくつかは故エリザベス・テイラーが所有していたもので、死後のオークションでどうやらブルガリ社が競り落としたようだ。

実はオークションでは、ブランド自身が匿名でオークションに出ることも少なくない。理由の一つは、余りにも安く競り落とされてそのブランドの価値を下げてしまわないように。もう一つは、世界中に散らばったそのブランドの名品を自社に取り戻すためである。なぜ匿名かは、セキュリティーの問題もあるが、無駄に値段を引き上げないためもある。

また中途半端になってしまったが、ブルガリ展でのジュエリーの話はまた次回。

(倫子)

金子倫子
80年代のアメリカに憧れを抱き、18歳で渡米。読んだエッセイに感銘を受け、宝石鑑定士の資格を取得。訳あって帰国し、現在は宝石(鉱物)の知識を生かし半導体や燃料電池などの翻訳・通訳を生業としている。