Home 食・旅・カルチャー 地球からの贈りもの~宝石物語~ テニスブレスレット

テニスブレスレット

原稿を書いている今、ウィンブルドンで錦織圭選手が2回戦を突破。試合中のミラクルショットが注目されている。その一方で、試合を途中で棄権する選手が相次いでおり、トッププレーヤーが苦言を呈している。

テニスを知らない人にしてみたら、ウィンブルドンと言っても何のことかサッパリかもしれない。しかし、それなりにテニスを知っている人からすると、ウィンブルドン=芝のコート、毎年英国で開催されるテニス4大大会の一つであることは周知の事実だ。

そんな豆知識は良しとして、どうしてテニスの話題なのかというと、「テニスブレスレット」だ。この言葉を聞いたことがある人は多いだろうが、なぜ「テニスブレスレット」と呼ぶのだろうか。この名の由来は1987年に行われた全米オープンでのことである。スター選手のクリス・エバートが試合を中断し、激しいラリーのさなか手首からに外れて落ちてしまったダイヤモンドのブレスレットを探したエピソードからきている。記者会見でエバート選手が「テニスブレスレット」と表現したことから、この名前が一般的になった。ジュエリーのために試合を中断するのはスポーツマンとしてどうなのか?という批判も出ただろう。

スポーツ選手が試合中にジュエリーを身に着けることには様々な意見があるが。身に着けること自体よりも、どのように、どの程度のものを身に着けるかががポイントだろうか。もともと宗教性の強いクロスのペンダントなどを着け、勝利するとそのクロスにキスする光景は随分と昔からあった。それを踏まえると、エバート選手の一件はマイルストーン的な出来事だったと言えるのではないか。また、アナ・クルニコワ選手の特大ペアシェイプのピンクダイヤモンドは当時でも10億とも言われた一品。TOPという言葉はまるで無視の、指に大きく輝くお宝である。それは行き過ぎとしても、最近ではマリア・シャラポワ選手がティファニー社と提携して、社の様々なアイテムを試合ごとに身につけている。セリーナ・ウィリアムズ選手はドロップ型の5カラットといわれたペアシェイプのダイヤモンドイヤリング。強烈な弾丸サーブを打ち込む時、サーチライトのような光るダイヤモンドイヤリングは、相手にとって目くらましとなっただろう。遠目からでも分かるような大振りな物は「邪魔じゃないのか?」とこちらが心配してしまうほどだが、ウィリアムズ選手の実力を見ればまあ愚問かもしれない。

それに比べ、男性選手は控えめだ。当然と言えば当然かもしれないが、中でも一番メジャーなアイテムは時計だろう。2010年にラファエル・ナダル選手が全仏オープンで優勝した時は、アンバサダーを務めるリシャール・ミルの時計を身に着けていた。お値段何と約1億円。トゥールビヨンと言われる重力補正装置付きで、時計技術の最高峰である。ただでさえ繊細な技術なのに、激しいテニスの試合にも耐えうるとはもはや神業の域。更に凄いのはNECのカーボンナノチューブを使用し、ストラップも含めた総重量が20グラム程しかない。

錦織圭選手は、アンバサダーを務めるタグ・ホイヤーのブラックチタンの時計を着けている。ダブルバックハンドの邪魔にならないよう、リューズが左側に付いている。これも55グラムと超軽量だが、ナダル選手の約3倍の重さだ。一般的にブレスレットタイプの時計は120~200グラム程の重さがある。それを踏まえると、どれだけ軽いか分かってもらえるだろう。

一方、ロジャー・フェデラー選手はロレックス、ノバク・ジョコビッチ選手はセイコーのアンバサダーを務めているが、ふたりとも試合中は時計を外している。二人とも、表彰される時にはスポンサーの品を身に着けるが、試合ではまず時計をしていない。彼らのように体の左右のバランスが崩れるような着け方を避けるアスリートも確かに多くいる。

フェデラー選手も、ジョコビッチ選手も、ウィリアムズ選手も、トップをずっと走り続けている。ジャラジャラと付けるのも、グラム数にまでこだわるストイックさも、どっちもあり。そんな視線からスポーツを見ると、また違った楽しみ方が味わえる。

(倫子)

80年代のアメリカに憧れを抱き、18歳で渡米。読んだエッセイに感銘を受け、宝石鑑定士の資格を取得。訳あって帰国し、現在は宝石(鉱物)の知識を生かし半導体や燃料電池などの翻訳・通訳を生業としている。