Home コラム 一石 2022年の節目

2022年の節目

文:佐々木 志峰

2022年は、本紙の前身となる北米時事の創刊から120年の節目。新年を迎えるにあたり、この1年における日米関係、日系社会などに縁ある節目的な歴史的出来事を、筆者の主観ながら書き出してみた。

150年前の1872年は近代日本の重要な一歩になった。世界文化遺産にも登録された富岡製糸場が設立され、東京・新橋と横浜の間で鉄道が開業。同年1月には岩倉使節団がサンフランシスコに到着した。

100年前の1922年。米国で排日への動きが最終段階に向かい、最高裁で日本人の帰化禁止が合法化された。市民権取得が認められたのは移民法が改正された70年前となる。また、日系人強制退去につながる大統領令9066号発令は日米開戦から約3カ月後、80年前の42年2月19日だった。

50年前、72年の日米関係上で大きな出来事は、沖縄の日本復帰だろう。当地のつながりでは、レイクウッド市と沖縄市が姉妹都市20年となる。姉妹都市としてはエベレットと岩国市が50年。またノースウエストで見ると、モンタナ州が熊本県と姉妹州40年を迎える。

この1年は五輪夏・冬大会が続くことになり、日系選手の活躍も見逃せない。70年前の52年ヘルシンキ大会。米国代表として重量挙げのトミー・コウノ(河野)、競泳のヨシノブ・オヤカワ(大矢川義信)、フォード・コンノ(紺野)が金メダル。コンノの1,500メートル自由形では2位に日本の橋爪四郎、3位にブラジルの岡本哲夫が入ったことでも知られる。また、30年前の92年冬季五輪アルベールビル大会で、クリスティ・ヤマグチ(山口)がフィギュアスケート女子シングルで金メダルを獲得した。

シアトルでは、60年前の62年に万博が開催。日系ビジネスの宇和島屋がこの期間に経営体力を蓄え、後の飛躍につなげた。当時26歳だった本紙社主のトミオ・モリグチ(森口富雄)は、この万博日本館での店舗展開を成功させ、3年後に父親の森口富士松から宇和島屋社長を引き継ぐきっかけになった。

ブラジルの邦字紙ニッケイ新聞が2021年12月18日号での廃刊となる衝撃もあった。別紙サンパウロ新聞が廃刊した3年前から孤軍奮闘続けていたが、高齢者中心の購読者に新型コロナウイルスが大打撃となったと言う。新たな出資を受け、新年から新媒体のブラジル日報へ運営が引き継がれる。

長い歴史と共に毎年節目を迎える日系社会。当地も含め、コミュニティーの在り方が問われる1年は変わらない。

オレゴン大学でジャーナリズムを学んだ後、2005年に北米報知入社。2010年から2017年にかけて北米報知編集長を務める。現在も北米報知へ「一石」執筆を続ける。