By 天海幹子
坂本九が乗っていた日航機が落ちて、今年で40年。 アメリカでは『スキヤキソング』で知られた曲を歌った歌手だ。
当時はさまざまな憶測やうわさも飛び交ったが、もうそろそろ私の回顧録を発表してもいい時期かな、と思う。これは昭和60年に取材した時のことであり、現在の事実とは異なるかもしれない。
事故直後、真相追求のため朝日新聞のリポーターがシアトルにやってきた。落ちた飛行機は製造元の航空会社の不備によるものと診断され、その責任者のインタビューに来たのだった。シアトルタイムズの記者だった元主人を通して通訳を頼まれ、その責任者の自宅を訪れた。
日本の遺族の会は、起こってしまったことはしようがないにしても、せめて謝って欲しい、お悔やみを述べて欲しい。死者の無念な気持ちを理解し、死者に対するリスペクトがあってもいいのではないか?
ところが当時のアメリカの航空業界では飛行機事故の場合、現場での個人の間違いでも部署の責任者でもそれは公表されず、全て会社側のミスで済ませるのだ。事実、尾翼のあたりのプレートをリべットと呼ばれる大きなネジ2列で接着するはずが、1列でしかとまっていなかったのだ。それをしなかった係員たちのせいか、それを確かめずにサインをしてしまった課長の責任か。だが当時のこの業界での規則でそういう事態は詮索されず、しかも謝るということは非を認めるだけでなく、責任を問われ訴訟問題、賠償金問題に発展する恐れがある。当時の日本はアメリカと違い、訴訟を起こすことは日常茶飯事ではなかったのだが。責任者宅で、インターホンで本人だか代理人が喋ったか思い出せないが、謝罪はなかった。その後、報告のため日本の遺族の会に連絡しそのことを伝えたが、釈然としない気持ちは、両国の文化がわかっている私にもずーっと続いている。
2011年の北陸大地震の翌年、所属していた黒人のクワイヤー(合唱団)と被災地を訪れ、チャリティーライブを石巻のお寺の境内で行った。その翌年はジャズ歌手をしている娘が訪れ、親しくなった住職に「上を向いて歩こう」を歌いたいと言ったところ、「あの曲だけは歌わないでくれ。悲しすぎるから」と言われた。「見上げてごらん夜の星をならいいが」と。
今の私には、雲の上で九ちゃんが、夜空の星を見上げて歩いているのが見える。涙はもうない。
彼が見上げている空って、どんな空なんだろう?
地球の人間が見える空とは違うんだろうな。空間が違うからね。
参考ウェブサイト;
朝日新聞 「520人が犠牲になった修理ミス 墜落機内で残した言葉と事故原因」
www.asahi.com/articles/AST86265KT86UTIL024M.html?utm_source=chatgpt.com











