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第79回 「美味しい」だけでなく「愉しい」料理とは〜招客招福の法則

筆者:小阪裕司

『ゴールデンカムイ』という日本の漫画をご存知だろうか? この漫画の中でしばしば料理が魅力的に登場するのだが、そのなかのひとつにまつわるお話。ワクワク系マーケティング実践会(このコラムでお伝えしている商売の理論と実践手法を実践する企業とビジネスパーソンの会)会員の、ある飲食店からの報告だ。

同店主は、あるときお客さんからこの漫画を紹介され、すっかり魅了されてしまったファンの一人。いわく「この漫画に、(日本の北海道の先住民族である)アイヌの人たちの料理がでてきたりするのですが、その中にチタタㇷ゚という食べ方があり、エゾ鹿やリスなどを包丁でたたいて、生で食べたり、お鍋にしたりするのですが、これが凄く美味しそう」。それをお客さんらに出したくて、「アイヌジビエコース」というコースを作ることにした。

ちなみに「チタタㇷ゚」とは、動物や魚の肉を包丁や小刀などで叩き、刻んで作る料理。アイヌの言葉で「我々が(チ)刻む(タタ)もの(ㇷ゚)」という意味だそうだ。その名の通り、漫画では主人公が「『チタタㇷ゚』と言いながら叩け」と指示され、みんなで「チタタㇷ゚」と言いながら叩く。そうして刻まれたものを生で食べたり、鍋にしたりするのである。

さてそうして店主、メニュー内容を考えてみたものの、何か物足りない。なぜかと考えてみて、気づいた。自分は料理を作りたかったのでなく、お客さんに「チタタㇷ゚、チタタㇷ゚っていいながらお肉をたたいてお料理にするイベントに参加してもらいたかったんだ」と。

そこで店主、まずはアイヌのマキリ(小刀)とアイヌの刺繡が入った鉢巻を用意。さらにアイヌの人たちの食べ物に対する考え方や思いを文章にしたテーブルナプキンを作り、その上に木皿を置き、そこで叩いてもらうことに。最後には、囲炉裏が似合いそうな鉄鍋に叩いた肉をいれて食べてもらうことにした。そして実際にこのコースを選んだお客さんには「必ずチタタㇷ゚、チタタㇷ゚と声を出しながらナイフでたたいてください!」とお願いすると、皆楽しそうにやってくれる。そうしてめでたく「愉しいコース」が出来上がったのだった。

人には「お腹を満たす食事」と「心を満たす食事」がある。この「消費の二種類の意味・目的」は、ほとんどのジャンルのビジネスに当てはまる。私は、1997年の最初の著作以来、ずっとこのことを言い続けているが、あなたのビジネスではどうだろうか? そしてもし後者もあると思うなら、この店のような、どんな提供の仕方が正しいだろうか?

山口大学人文学部卒業後、大手小売業、広告代理店を経て、1992年オラクルひと・しくみ研究所を設立。「人の心と行動の科学」を基にした独自のビジネス理論を研究・開発し、2000年からは、その実践企業の会を主宰。現在、全都道府県および北米から千数百社が集う。