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第53回 買うべきものを

ワクワク系(このコラムでお伝えしている商売の理論と実践手法を、われわれはそう呼んでいる)のある宝石店から、とても興味深い報告を受けた。実践したことは、一言で言うと「エンゲージリング(婚約指輪)を贈ろうとしない男性に、買ってもらう」というものだ。

宝石店オーナーによると、いまや入籍者の51%がエンゲージリングを贈らないとのこと。マリッジリングを買いに来るお客さんにも、エンゲージリングは必要ないと思っている人が多いそうだ。しかし、宝石店オーナーは思った。「プロポーズは家族の歴史の第一歩。気持ちを言葉とモノで伝えるのが重要。それが必ず家族の今後の幸せにつながると認識してもらおう。それが自店の役目なのだ」と。合わせて、プロポーズの仕方や指輪の選び方が分からなかったり、若い女性スタッフに相談するのが恥ずかしいと感じている男性客のために策を練り、マリッジリングを買いに来店したお客さんに対して取り組んだ。

実際に行ったのは、次のようなことだ。知識ゼロでも安心して相談できる雰囲気を感じてもらうために「プロポーズ男子サポートマスター常駐の店」と銘打ち、自分ともう一人の女性スタッフとでその任に当たった。もちろん、それをホームページや店舗前立て看板で告知。ネームバッヂや名刺も作成した。マリッジリング接客テーブルには、ワクワク系の、エンゲージリング購入動機づけPOPを設置。接客でも、必ず「プロポーズはしたか」「エンゲージリングは持っているか」を聞くようにした。さらに、リングの品ぞろえも、相手の好みなど様々なパターンに対応できるよう拡充させた。

結果は大成功。例えば、男性一人で来店したある客は、接客する中でプロポーズの話題で盛り上がり、後日店舗スタッフ協力の下で店内でのサプライズ・プロポーズをした。また、お相手がディズニー好きだという男性は、シンデレラのエンゲージリングを購入。ディズニーランドのシンデレラ城の前でプロポーズするなど、嬉しいエピソードが数多く生まれた。こうした客の多くは、もともとエンゲージリングの購入を検討していたお客さんだったため、全くその気のない方に買ってもらう目標にはまだまだだと宝石店オーナーは言う。とはいえ、購入した客から「背中を押してくれてありがとう」、「必要だとわからせてくれてありがとう」、「彼女がすごく喜んでくれた」など、たくさんの感謝の言葉を受けた。

客側は買おうと思っていない、けれども買うべき(とこちらが考える)ものを教え、買ってもらう。これはワクワク系の得意とする活動だ。これができれば売上がつくれるし、ひいては市場もつくれる。今回のエンゲージリングのように。そして、それはしばしばたくさんの「ありがとう」を生む。これこそは、商いの最も基本的で美しい姿のひとつなのである。

山口大学人文学部卒業後、大手小売業、広告代理店を経て、1992年オラクルひと・しくみ研究所を設立。「人の心と行動の科学」を基にした独自のビジネス理論を研究・開発し、2000年からは、その実践企業の会を主宰。現在、全都道府県および北米から千数百社が集う。