By 小阪裕司
今回は、日本でのお墓の話。「予算150万くらいで…」と相談に来たあるお客さんが、結局300万近いお墓に決め、しかも大いに喜ばれたというエピソードだ。ワクワク系マーケティング実践会(このコラムでお伝えしている商売の理論と実践手法を実践する企業とビジネスパーソンの会)会員の、ある石材店からのご報告だ。
同店では、新しくお墓を建てる相談にお越しになったお客さんに、予算を聞き次に見積もり、と性急に事を進めようとせず、時間をかけて対話し、できる限り顧客の事情や故人のことなどをお話しいただくことにしている。今回取り上げるお客さんとも対話を進めていくと、故人が著名男優、石原裕次郎の大ファンだったということが分かった。そこで店主は提案した。「どうせなら、石原裕次郎のお墓と同じ石で建ててあげませんか?」。すると、お客さんもそれは良い!ということに。その時点でまず、お客さんの予算は5割ほどオーバーした。
さらに対話を続けていくと、今度は故人が「睡蓮」という柳号で川柳を詠んでいたことが分かった。そこで店主、「『睡華台』を付けてあげませんか?」。そしてこう話を続けた。「どんな仏さまも必ず蓮華の上に乗っておられます。蓮華は往生と成仏のシンボルなんです。なぜかと言いますと、蓮華には3つの特徴があるからなのです」。そうしてさらにその3つ特徴を丁寧に説明すると、お客さんもそれは良い!ということに。睡華台も付けることとなり、それやこれやで、結果的にこの型のお墓は300万円近いお値段となったのだった。
念のため言うが、店主は、単価を上げることを目的にこのような提案をしたのではない。結果として単価は上がったが、店主がこういう対話と提案を常に心がけている理由に、お墓は人と人をつなぐもの、さらには時間や空間もつなぎ、届け切れなかった「愛」すらもつなぐもの、という思い、それをお手伝いするのが石材店だ、というミッションがあるからだ。
来店したお客さんに手早く見積りを出し、契約し、工事すれば、作業はそれで終わる。しかしこの店主にとって、石材店という「仕事」は「作業」ではない。そしてお客さんにとっても、故人と自分たちをつなぐお墓は、単なる「モノ」ではない。お客さんも店主との対話を経てそこにどんどん気付いていったからこそ、300万出せる、いや、「出したくなる」。これこそが商売の本質。そして今日の「価格上昇時代」に、「価格」に惑わされない商売の道があるのである。