Home 食・旅・カルチャー 地球からの贈りもの~宝石物語~ 自分らしい戦い方

自分らしい戦い方

感染者ゼロで今まで粘った岩手県が、日本政府のGO TOキャンペーンが始まるやいなや、ついに感染者が出てしまった。コロナ対策については、日本の政策もかなり迷走しているといわざるをえない。

人権人種運動、公民権運動の闘士であったジョン・ルイス下院議員が先日に癌のために亡くなった。そして現在、連邦最高裁の判事の一人であり、女性の人権などのために尽力してきた87歳のルース・ベイダー・ギンズブール女史が再発した癌と闘っている。

今年の2月に101歳で亡くなった、キャサリン・ジョンソンも人種・性差別と闘ってきた女性だ。彼女を題材にした映画が2016年に公開されたのだが、私はキャサリン女史が亡くなって、初めてこの映画を見た。映画は、1961年のNASAのプロジェクト・マーキュリーにおける緊急帰還軌道の計算のエピソードが中心となっている。実際に、キャサリンは50年代から計算手としてNASAで働いている。プロジェクトの内容と、黒人であり女性であるキャサリンの、職場であるNASAや背景となる時代との葛藤などが描かれている。色々な問題を投げかける映画だが、全体的に明るく、見終わった後に希望が湧いてくるような映画だ。その映画の中でパールのネックレスがとても象徴的で、キャサリンの葛藤の具現化として出てくる。

オフィス・カジュアルという言葉が死語になりそうなほど、職場での服装がカジュアル化している。しかし、キャサリンが働く60年代はまだまだ服装の性差は顕著だった。キャサリンが計算手からプロジェクト・マーキュリーに携わるために配属部署が変わった時のこと。スーパーバイザーである白人女性のヴィヴィアンから服装について、「スカートはひざ下丈、ジュエリーはパールのみ」というような決まりを告げられる。

この新しい部署で働き始めてしばらたった頃、一日に数回、各数十分単位で席を外すキャサリンに対して、上司であるアルが「何をしているのか?」と問いただすところがある。そこでキャサリンは、「有色人種(現在では差別用語としてつかわれていない言葉)」専用の女性トイレを使うのに、離れた棟まで行かないといけないのだと説明する。そして、「朝から晩まで働いても自分の給料ではパールのネックレスも買えない」と、トイレから戻る時に濡れ鼠になった状態で涙ながらに訴える。そしてコーヒーのポットすら自分専用のもので、誰一人として自分と同じポットからコーヒーを飲みたがらないとも。

上司のアルは、「有色人種」というトイレに掲げられた看板を自ら棒で叩き落とし、女性なら誰でも使えるようにした。それにコーヒーポットも、皆で共有する一つのものに。その後、キャサリンが部署を去ることになるのだが、部署の皆からのプレゼントとしてパールのネックレスを贈ったのだ。キャサリンの上司がアルのような人だったから、NASAのプロジェクトも成功し、キャサリンや他の女性が活躍できる大きな第一歩になったのだろう。

キャサリンはその後もアポロ11号、13号、スペースシャトルなどのプロジェクトにも関わった。2015年にはオバマ前大統領より、そして2019年には議会より勲章を授与された。

パールのネックレスは、当時の女性性の象徴であった一方で、女性職業人としての正装のアクセサリーだったのかもしれない。男性のネクタイの様な意味合いともとれる。貝に異物が入った時に、貝にとって痛みを引き起こす異物に膜を幾重にも重ねることで光沢のあるパールが生まれる。それは、貝と異物との静かで孤独な闘いであり、キャサリンの闘いに似ている。

キャサリンの闘いとは対極にあるようなワシントン大行進は、この映画の背景の2年後の1963年。双方とも人種差別との戦いだが、アプローチが全く違う。60年近く経ってもまだまだ終わらない差別の壁に、「有色人種」の女性として、自分自身どの様に向き合っていくか。このご時世だからこそ、もう一度深く考えなければならないのだと実感する。

80年代のアメリカに憧れを抱き、18歳で渡米。読んだエッセイに感銘を受け、宝石鑑定士の資格を取得。訳あって帰国し、現在は宝石(鉱物)の知識を生かし半導体や燃料電池などの翻訳・通訳を生業としている。