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Vol. 169 龍と宝珠〜地球からの贈りもの〜宝石物語

By 金子倫子

龍と宝珠

辰、竜、龍。年末年始がやってくるたび、干支とそれに当てはまる漢字が、日常で使用する該当の字とは違うことが疑問だった。十二時辰や十干十二支という暦や時間、方位などを表す物がベースになっていると知ったのは、いつの事だったか。

そもそも辰(龍)は十二支の中で唯一の架空生物。考えてみると、西洋と東洋の龍に対する認識には差がある。西洋は羽があって火を噴いたりして悪者であることが多いに対し、東洋では基本的には水を司る神であり、うねる様に体躯を動かす。私が龍という存在を意識したのは、間違いなく「まんが日本昔ばなし」のオープニングの龍。龍に乗っていた子どもが何の昔話の主人公だったかは忘れてしまったが、子どもを乗せているぐらいだから「怖い」という印象ではなかった気がする。その後は世界的超人気アニメ「ドラゴンボール」の神龍。そして大人になった今の「推し」龍と言えば、浅草寺と略して呼ばれることが多いが、正式名に龍を冠する金龍山浅草寺で見られるさまざまな龍。今年の夏に経年劣化で剥がれてしまった本堂の川端龍子画「龍之図」、お水舎の天井画である東 韶光による「墨絵の龍」と高村光雲作の龍神像。それに雷門の赤い大提灯の下の部分には彫刻された龍が。そのほかにも至る所に水の神である龍が潜んでいて、幾度とない火事に見舞われた浅草寺を守っている。因みに、日光東照宮の薬師堂の天井にいる「鳴き龍」もお薦め。雨の降った後などは龍がよく鳴くと言われている。


▲東 韶光画の天井絵「墨絵の龍」。光の位置によって見え方が変わる、迫力の龍

龍のイメージの基となった蛇をモチーフにしたジュエリーはかなりデフォルメされた物から鱗まで詳細なデザインまで多種多様。それが龍となると一気に選択の幅が狭くなる。角、髭、爪など鋭利な部分が多いこともあり、模った物だと軽く凶器になる。ネットを見るとそういった凶器みたいなジュエリーもあるが、日常使いを考えるのであれば、龍のモチーフが彫られた程度の凹凸がせいぜいでは。龍に関連付くジュエリーというのは中々難しい。こじつけるとすれば、龍の持つ如意宝珠に因んだ物などはどうだろうか。

宝珠は、本来は前足2本しかない黒龍が持っているものということだが、剥がれた浅草寺の龍も黒龍ではないので、あくまでも「基本的には」という事だろう。宝珠と言うと水晶を思い浮かべる人も多いだろうが、個人的に、数珠の進化系のようなパワーストーンを連ねたブレスレットなどは芸がないと思ってしまう。代わりに、ドーム型や円錐形にツルっとしているカボションカットなどのジュエリーはどうだろうか?

宝石の多くは、ファセット(面)と呼ばれるカット面がいくつも施されている。たとえば、ラウンドのダイヤモンドは通常58面である。光の反射を効率よくするために面があるが、面の無いカボションカットはまた別の味わいがある。面を取ることで、より多く削ってしまう原石の部分を削減し、色の深みを引き出すのもカボションカットの長所と言えるだろう。さらには、アステリズムと呼ばれるスタールビーやスターサファイヤに見受けられる星状の線が出る現象。猫目石の名の如く、中央に黄金の光の筋が見えるようなシャトヤンシー現象。オパールやムーンストーンなどの、内側で光が反射して踊っているような、視覚的効果や現象なども引き出す。

ブルガリが昨年晩秋にカボション・コレクションというシリーズを発表したが、これは地金でカボションカットを表現している。このコレクションが象徴するように、カボションカットの宝石の地位を押し上げたのは色の魔術師と呼ばれるブルガリだと言える。50年代以降、カボションカットの紫のアメシストと緑のペリドットの組み合わせたネックレスなど、それまでハイジュエリーとは分類されにくかった半貴石の地位を押し上げた張本人。

宝珠の様な滑らかさと艶やかさ。見つめると吸い込まれそうなそれぞれの色の深みが堪能できるカボションカット。変革の年と言われる辰年に是非トライしてはいかがだろうか。

80年代のアメリカに憧れを抱き、18歳で渡米。読んだエッセイに感銘を受け、宝石鑑定士の資格を取得。訳あって帰国し、現在は宝石(鉱物)の知識を生かし半導体や燃料電池などの翻訳・通訳を生業としている。