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喪のジュエリーの定義は?💎地球からの贈りもの〜宝石物語〜💎

筆者:金子倫子

エリザベス2世が亡くなり、10日間の喪に服した後、国葬が執り行われた。ニュースで目にしたのは、如何に女王が英国民に慕われていたかということだった。棺の前でお別れをするために12~14時間もの長い間行列に並ぶ人々の姿。

筆者は「プリンセスと言えば故ダイアナ妃」の世代。80年代に来日した際の赤と白の水玉模様のドレスも、亡くなった時のこともよく覚えている。あの頃は陰謀説なども浮上し、英国王室に対しての批判は国内のみならず世界中から。故ダイアナ妃の葬儀のことを考えると、エリザベス2世がこれだけ国民に慕われる日が来たというのは、ある意味驚きである。

今回強く感じたのは、女王の亡くなった夫、フィリップ殿下への愛情の深さというか。長年連れ添った2人のうち片方が亡くなると、もう片方も程なくして亡くなることも少ないというが、女王も何となくこれに当てはまるのではないだろうか。フィリップ殿下が亡くなって1年半弱。今年は即位70周年ということもあり、それまでは何とか持ち堪えたようなに感じる。実際には欠席した即位のセレモニーもいくつもあった。年齢を考えれば当然なのだろうが、フィリップ殿下亡き後に生きる気力を失くしてしまったようにも見えるのだ。

ヴィクトリア女王も夫であるアルバート公が亡くなった後、喪に服するべき期間よりも遥かに長い間喪服しか着用せず、見かねた子どもたちに「君主としての立場を忘れないように」と諭されたが、結局残りの人生、ほとんど黒しか着用しなかった。

エリザベス2世は今年、カミラ夫人をクイーンコンソート(王妃)となることを希望するという声明を出した。今回の国葬でカミラ王妃はダイヤモンドでハート型が形作られ、その上部と垂れるようにサファイヤが付いたブローチを着用。これは、ヴィクトリア女王の即位60年時に女王が孫たちからプレゼントされたというブローチで、ハート型の内側にはキリル文字で「60」がダイヤモンドで形作られている。これに大粒のサファイヤをダイヤモンドで取り巻いたイヤリングを合わせた。

キャサリン妃が身に着けていたのはパールの4連チョーカーで、前側のクラスプは小さなダイヤモンドがたくさん付いている。このパールはどうやら1970年代に日本政府が贈ったものとのこと。このチョーカーに合わせたのは、エリザベス2世が1947年にウェディングギフトとして贈られたパールが、ダイヤモンドの下に垂れるように付けられたデザインのイヤリング。シャーロット王女は、ホースシュー(馬の蹄鉄)がダイヤモンドで模られた小さなブローチ。

メーガン妃は2018年にエリザベス2世から送られたパールとダイヤモンドのシンプルなイヤリング。ソフィー妃もダイヤモンドパヴェのイヤリングにベリーの模ったブローチ。ユージェニー王女に至っては金のフープイヤリング。

ここで皆さんの頭の中にも浮かんだであろう、「葬儀なのにそんなに華美で良いのだろうか?パールという決まりではないのか?」という疑問。そもそも英国ではヴィクトリア女王時代にジェットという黒い宝石室の炭化水素で出来たジュエリーが喪のジュエリーとして広まった。雅子皇后は着用されていたようだが、今回の葬儀で英国王室の主要メンバーで着用していた人は無し。ジェットを広めたヴィクトリア女王も、先で述べたように子どもたちに諭され、英国君主として多少身に着けるようになったが、喪が明けた後もモノトーンとしてダイヤモンドとパールのみとなったそう。色の無い世界、アルバート公を失った悲しみの深さと味気ない世界を表現したかったのだろう。

そもそも「冠婚葬祭にはパール」というが、ミキモトが養殖パールに成功するまで一般人が手にすることは出来なかったのを考えると、商業的なマーケティングがたまたま合致したのが事の始まりかも。

2人の女王も、今はあの世で愛する人と色の溢れた日々を過ごしているだろう。

80年代のアメリカに憧れを抱き、18歳で渡米。読んだエッセイに感銘を受け、宝石鑑定士の資格を取得。訳あって帰国し、現在は宝石(鉱物)の知識を生かし半導体や燃料電池などの翻訳・通訳を生業としている。