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Vol.162 過去と未来の狭間で〜地球からの贈りもの〜宝石物語〜

By 金子倫子

アジア系女性初の主演女優賞

「今」が過去と未来の間にあるのは当然だが、普段意識することはあまりない。しかし、脈々と続く英国の戴冠式と、同時期に話題になった、今従来とは一線を画すAIの出現に、「今をどう生きるか」などと壮大な考えが時に頭を占拠する。

戴冠式では、歴史の重みをまざまざと見せつけられた。宝珠と530カラット強のカリナンIが付いた王笏をライブ映像で見るチャンスを筆者が逃すはずもなく、放送に釘付けになった。ひとつひとつの動作に理由はあるのだろうが、儀式は儀式。形式的すぎて集中が途切れそうになったので、ちょっと違う見方をして楽しんだ。たとえば、式の途中でチャールズ3世がほぼ下着姿になるような場面があった。幼い頃に読んだ「裸の王様」を彷彿とさせ、その無防備さに見ているこちらがそわそわした。それに、カミラ王妃が王冠を頭上に乗せてもらう際、何度も調整し、しっかり頭にフィットしているのを確認していた場面。本人が王冠を触ることは無かったが、元祖聖子ちゃんカット(聖子ちゃんの前からあの髪型)の前髪の辺りを何度も指先で払っていて、いやでも気になった。ゴールドのローブを掛けられたチャールズ3世も、繰り返しローブを手前に引いたり、下のシャツとの重なりを気にしているようで、落ち着かないな、などと思ってしまった。考えてみれば今年75歳になる国王とひとつ年上の王妃は、日本で言うところの後期高齢者だ。しかも約70年ぶりの儀式となれば、国王だって落ち着き払うのは難しいのかも。

チャールズ3世の嫁に当たるキャサリン妃と、孫娘のシャーロット王女が身につけた、銀色のスパンコールとメタルビーズの植物を模ったヘッドピースは、母娘お揃いということもあり注目を集めた。戴冠式の公式ポートレートでキャサリン妃が身に着けたのは、チャールズ3世の祖父であるジョージ6世が母である当時のエリザベス王女のためにガラード社に作らせた、105個のラウンドのダイヤモンドが連なるフェストゥーン・ネックレス。大粒のダイヤモンドだけが連なる、シンプルかつゴージャスなデザイン。しかしその上を行くのが、カミラ王妃のコロネーション・ネックレス。これはイヤリングとセットで、1858年にヴィクトリア女王がガラード社に作らせたもの。ネックレスの先に垂れ下がるのは、22・48カラットのラホレダイヤモンドで、1851年に献上されたものだとか。このネックレスはエリザベス2世の戴冠式で故女王が着用しただけでなく、ヴィクトリア女王以後、アレクサンドラ王妃、メアリー王妃、エリザベス2世の母のエリザベス王妃も着用。正に戴冠式のためのネックレス。

チャールズ3世の両親である故フィリップ殿下も故エリザベス2世も長命だったことを考えれば、あと20年余は次の戴冠式が無い可能性もある。私は次の戴冠式を見ることが出来るのだろうか? そしてその時代は、どんな時代になるのだろう? などと思いながら見ていた。

今回のAIは今までのそれとは比較にならない程発展しているらしく、開発者達ですらそのポテンシャルに期待と共に恐れをなしているとか。人間の仕事の多くが奪われると言われているが、人口が減り始め、今のままでは労働力が確保できない日本という国にとって、AIは吉と出るのか凶と出るのか。

ダイヤモンドの研磨技術が生まれた背景には、第一次産業革命がある。それに1919年にマーセル・トルコウスキーの考案した57面体(キューレットが入ると58面体)のラウンドブリリアントのアイデアルカットを越えるカットは未だに開発されていない。不変と思われるダイヤモンドも、その美しさを引き出すために常に技術と共に歩んでいる。人間がAIに使われる日は来るのだろうか。少なくとも現状、共存の道へ進む舵は人間が握っている。

戴冠式に垣間見た何百年と受け継がれる歴史の重要さ、今回のAIの様に人類の方向性を変えるかも知れない大きな波。どちらとも向き合い、後世に引き継いでいきたい。

80年代のアメリカに憧れを抱き、18歳で渡米。読んだエッセイに感銘を受け、宝石鑑定士の資格を取得。訳あって帰国し、現在は宝石(鉱物)の知識を生かし半導体や燃料電池などの翻訳・通訳を生業としている。