Home 食・旅・カルチャー 私の東京案内 2015年秋 5

2015年秋 5

前回に続いて「東京新聞」の記事だが、「安保法」と「民主主義」という言葉がひんぱんに見られた。沖縄の問題と無関係ではない。こんなに「民主主義」という言葉を聞くのは、わたしが終戦直後に学校にあがった頃以来ではないか。あの頃はなんでも「民主主義」、校則である紺色に限らず自由にセーターの色を選択したい、などというときにも使ったものだ。

しかし、今の事態はごく真刻だ。今回来日する直前の9月19日は「安全保障関連法」が成立した日。それから一カ月後には「9・19を忘れない」を掲げていろいろな団体がその廃止を求めて動いた。中心となったのは「戦争させない・9条こわすな」を掲げる市民団体だが、脱原発、反TPPといったグループと連携して例の「シールズ」も参加。この若者の団体にわたしが関心を持つのは、彼らが従来の政治活動家とは異色な上、「民主主義とは何か」を中心課題としているようだからだ。

高橋源一郎という作家とシールズの代表者たちの対談をまとめた「民主主義ってなんだ?」という本を読んでみた。これまでの学生運動家たちは「世の中を、政治を良くしたい」と言うが、具体的にどう変えたいか、また誰が、何が間違っているのか言わないから困る。だから、「どうしたらいいか個人として引き受けて、考えたり発言したい。それが民主主義だ」という。「われわれは平和を愛する」ではなく「俺はムカついていて」が、つまり個人的に日常の言葉が良いともいう。このヒップホップやラップが共通の好みらしい若者たちの出現を、心強く思うひとりだ。

「今日民主主義が終わりました」と2013年12月6日に報道ステーションのアンカー(テレビ朝日)が言うのを聞いた(その頃わたしは東京にいたが、実にあっけなく秘密保護法が国会を通ったのだ。その法律については、もう少し勉強しなくては何も言えないが)シールズの中心活動家の一人は、「え、終わったの」とびっくりし、「それじゃ何か始めなきゃ」みたいな感じだった、と言っている。民主主義は制度じゃなく権利、つまり「People’sPower」だ、という彼らは、わたしの中学時代に持った感じと似ているのかもしれない、と思ったが、どうなのだろう。

「東京新聞」は新聞週間にちなんで安保法を子供のために説いている(10・18)が、これが大変分かりやすい。「日本は先の戦争で中国などアジアの国々を攻め……」で始まる解説では、過去70年戦争はしないとの誓いを守っている(憲法9条)。しかし中国の力が強くなっているので、米国ともっと仲良くていざというときに助けてもらえるようにしないといけない、と説明している。この法の下の「集団的自衛権」というもので、日本は「戦えない」から「戦える」国になったのだが、専門家はこれを憲法違反だと批判している。安倍首相は徴兵制はありえないといっているが、別の憲法に違反する法律ができないとはいえないので、気をつけましょう、という内容だ。ちなみに、来年から18歳で(今は20歳)から投票ができるようになるし、来夏には参議院の選挙がある。

研究者たちはどんなことを言っているのか。そのひとつ「あの人に迫る」(11・1)で哲学専門の若手は、シールズの新しさは「言論の自由の再生」だとしている。個人として考え発言する自由が怪しくなっている近年の日本社会でこれは新鮮で貴重。安倍内閣は安保にかんする短期戦では勝った。それを社会の右傾化安とあきらめの空気もあったが、シールズは安保法制への反対を個人のことばで語る。可決の後の(翌朝まで続いた)国会前での抗議を「すがすがしく感じた」とし、長期戦では勝ち点が大量に入ったと感じたと記す。

国会周辺だけでなく、「民主主義」や「政治と市民」にかんして気になることが報道されている、として危惧感を述べる小記事が目についた。わたしも漠然とだが同じ感じがしていた。例えば放送大学の認定試験で、政権批判の問題文が一部削除された、「安倍政治を許さない」とあったことが問題視され教員の実態調査が行われた、安保反対のシンポジウムの会場使用が断られた、本屋での「民主主義ブックフェア」が政治的に偏向しているとして中断したなど。

この論者と同じく私も感じるのだが、近ごろは自分の考えを述べたり政権を批判することに、(議会だけでなく)大学や教育委員会などが臆病になっているのではないか。つまり、言論弾圧の一歩手前にきているのではないか。これこそ民主主義の危機だと思うのだが、その包括的な報道、分析、批判はまだない。

それを批判しているのがシールズではないか、とわたしは思うのだが、別の小記事で、ある哲学者は言う。今の政治には「基本デザイン」がない、これからの日本の社会には「どんな結び合いを作って運営していったらよいのか」という提示がない。米国と協調していれば何とかなる、金融緩和をすれば経済成長するといっているだけではだめで、それに気がつかない政治は社会を退廃させる。同感である。シールズの面々にもこの点を考えてもらうことにして、わたしは来る11月29日に予定されている国会前( 戦争法廃止、安倍内閣退陣!) および日比谷公園( 辺野古に基地を造らせない大集会)へ出かけようと思っている。

N.A.P. Staff
北米報知は、ワシントン州シアトルで英語及び日本語で地元シアトルの時事ニュースや日系コミュニティーの話題を発信する新聞。1902年に創刊した「北米時事 (North American Times)」を前身とし、第二次世界大戦後に強制収容から引き上げた日系アメリカ人によって「北米報知(North American Post)」として再刊された。現存する邦字新聞として北米最古の歴史を誇る。1950年以前の記事は、ワシントン大学と北米報知財団との共同プロジェクトからデジタル化され、デジタル・アーカイブとして閲覧が可能(https://content.lib.washington.edu/nikkeiweb/index.html)。