Home 食・旅・カルチャー 私の東京案内 2016年元旦 2

2016年元旦 2

「なぜ、なぜ」に終始してしまった元日だが、その答えになりそうな意見を昨年の暮れ「東京新聞」で読んだのを思い出した。吉見俊哉氏の「日本が目指すべき社会」(11月12日付「社会時評」)と内山節氏の「遠い政治を変えるために」(12月6日付コラム「時代を読む」)だった。

内山氏は哲学者で群馬県の田舎に住んでいる。そこで感じることは、村の政治が身近なのに対し、国や首都東京のそれは遠くにある、ということだ。増税(消費税が8%になったが2017年4月には10%に)や社会保障は誰もの生活に直接影響するし、安保法制や特定秘密保護法、また原発の再稼動は未来を「根底から揺さぶる」。それにもかかわらず、国の政治はなぜか遠いのか。内山氏によれば、今の政治が「遠くにあると感じる」ことを「利用して」行われているからだという。安倍政治は、日本を建て直そうとの「孤軍奮闘」を演出することによって支持を得ている。そして、選挙に当選するのは「うまく人気をつかんだ人」だ。選ばれれば、その後は国民の声など耳にしない。(日本ばかりではない、とわたしは言いたいが)

課題はふたつある。ひとつは政治を「監督」し「意思表示」を続けること。もうひとつは、政治のあり方自体を「問い直す」こと。つまり、地域主権は地方分権のあり方などについて考え、政治を遠いものから身近なものに変えること。そのためにはどんな政治制度の改革が必要か、それを問わねばならないとする内山氏は、昨年はその必要性を多くの人が教えられた一年だった、とする。

わたしも同意見だ。国の政治を「監督」するシステムや強い意志が日本人には欠けていると思うからだ。「民主主義」とは何だろう、とシールズの若い(女性を含めて)が声を上げたことに希望が持てる。沖縄の基地の問題についても同じだ。辺野古の勇敢な市長と住民たちは、国の課題を身近な問題として受き彫りにし、今もがんばっている。

目を転じて「日本という社会は何を目指すべきか」と問うのが吉見氏。結論を言うと、目指すべきは「成長」から「成熟」への転換だ。安倍政権の言う「成長戦略」は、今の日本人にとって1960年代の「所得倍増」と同じ響きを持っているのだが、「成長」が本当に今の日本が目指すべき「価値」なのかと問う。

「成長」への回帰が始まったのは小泉政権時代だ。その後も日本は韓国や中国に追い上げられ、長引く不況に耐えられずして「成熟」への転換をさっぱり断念した。「成長社会」にこだわるようになり、「アベノミックス」が指導者のとなえる呪文となった。大会社を儲けさせたが、それは「経費削減」(人件費を抑える)によってだった。つまり、賃金は上がらず消費は増えなかったのだ。

こういう不公平がいわゆる「格差社会」を生んだ(米国のように)。明らかになったのは、社会の抱える諸問題は、「成長」によって解決できないということだ。できると思うのは「幻想」だ、と吉見氏は言う。成長は社会の目標となりえないばかりではなく、格差を大きくし、水面下のリスクを深刻化する。

日本人は働き方を覚えたが、生き方のほうはおろそかにしている。そう言った人が以前にもいた。2 年ぶりの東京だが、今も同じと私は感じる。大企業から地方の小売店主までが「どうしたら儲かるか」を昼夜考え、努力に邁進しているみたいだ。金を持っている高齢者が大勢いるのに消費が伸びないのは、未来への心配がなくならないからだ。事実のようだが、彼らが成熟した社会に生きていないと感じるからだろう。

国や自治体は人びとに未来への確信と安心を保障するのが役目だが、それには「成長」の強迫観念ではなく「成熟」の未来像こそを具体的に示さなければならない。そう思って見渡すと、日本の課題はいろいろある。看護師のコラムニストが書いているように(1月14日付)、日本は今も性差別大国だ。女性管理職は3割以下で年収は半分、男性が女性の4分の1しか家事をしない(その結果、男女平等の総合点が145カ国中で101位)。女性の能力が国の発展に動員されないわけだ。働く貧困層( 年収200万円以下)は1100万人に達したというし、「生活が苦しくなった」とする世帯は増え続けているという。加えて、原発事故の被害者への償いやヘイトスピーチの問題もある。辺野古新基地建設反対で国に対し訴訟を起こした沖縄の「自己決定権」を国が否定しているのも問題だ。

わたしが「不気味」と感じる1つに、安倍政権下での国権圧力の強化の兆しがある。表現の自由について国連人権理事会が問題視しているのだが、それに対し政府は調査の延期を要請した。ここでくわしくは書けないが、メディア人の自粛や萎縮(12月22 日付「NHKは誰のもの」、12月27日付「テレビ報道の危機」)など、報道の自由をめぐる問題もある。

そんななかで今年の夏には参議院選挙がある。2014年以来の大型「国政」選挙であり、安部政権の実績が問われるものだ。安全保障関連法やTP P の合意、経済政策、消費税再増税などが争点という。有権者は選挙年齢が他国のほとんどと同じ18歳になることで2%増えるのだが、はたしてどのような結果になるだろう。目が離せない。

(田中 幸子)

N.A.P. Staff
北米報知は、ワシントン州シアトルで英語及び日本語で地元シアトルの時事ニュースや日系コミュニティーの話題を発信する新聞。1902年に創刊した「北米時事 (North American Times)」を前身とし、第二次世界大戦後に強制収容から引き上げた日系アメリカ人によって「北米報知(North American Post)」として再刊された。現存する邦字新聞として北米最古の歴史を誇る。1950年以前の記事は、ワシントン大学と北米報知財団との共同プロジェクトからデジタル化され、デジタル・アーカイブとして閲覧が可能(https://content.lib.washington.edu/nikkeiweb/index.html)。