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草間彌生「Infinity Mirrors」レビュー

9月7日、ダウンタウン、シアトル美術館での草間彌生、Infinity Mirrorsの展示会に行ってみた。5月からすでに完敗の個展は当日券に並ばなければならない。連日、ブロックを一周回るほどの列ができていたが、当日は2ブロックを回るほど。10時開演で2500枚売るというその日は、朝4時から列ができていた。美術館が半額になる毎月第一木曜と、シーホークス、クウォーターバックのラッセル・ウィルソンが、前週末に結婚一周年記念に展示会場を貸し切った、とのニュースが入ったからかもしれない。1000番目くらいの私は回ってきた係の人に、3、4時間待ちと言われた。私が渡米した40年前には、日米ともさほど知られていなかった草間彌生の魅力は何なんだろう?なぜアメリカでそれほどの人気があるのだろうというのが、私の疑問であり、それを確かめるために4時間並んだわけだが、今回88歳の草間彌生の心髄に迫った。彼女の信条と心情に触れることができて、一生に一度の経験をした思いである。
赤毛のラゲディ・アンの人形のような様相で知られる草間彌生は、今年米寿を迎えた。10歳のころ水玉に魅了され、以来水玉模様に関する絵を描いている。厳格な母と浮気が絶えなかった父との生活で、母に父の情事のスパイとして育てられた草間は強迫神経症を患った。絵を描くことが自分なりのセラピーであったにもかかわらず、母からは絵を描くことを禁じられていた。1957年、最初期の抽象画家として知られるジョージア・オキーフに見せられた草間はニューヨークに渡り16年間ポップアーティストとして生活したが,帰国したのち1977年からは東京の精神病院に自発的に入院する。そこをアートスタジオとして今に至る。
今回の個展Infinity Mirrorsは、水玉模様のモチーフが全面、鏡に覆われた小部屋に入ると自分も彼女のアートの一部になり、鏡に反射して無限に広がる空間を映し出す。水玉がビーチボールのようでもあり、別の部屋では人魂のような光の玉でもある。 視覚障碍者でこの個展に来た田中恵さんは、「会場に入った瞬間、エネルギーが明るい、温かい、ポジティブパワーを感じました」と興奮して語る。抽象画のアーチストが発しているエネルギーを、自分がどう受け止めるかに興味があったと言う。「丸というものは人間にとって、気持ちを和らげるもの。それが充満している。地球も月も、水も落ちるときは玉になり、そのすべての存在の根源を鏡を使って無限を表すというのが、彼女の天才的なやり方」と絶賛する。
シカゴで美術学校に通ったデヴィン・ボールさんは、草間を「アンディ・ウォーホルと並んで教科書に載っていた、伝説のアーティスト」と呼ぶ。チケットが完敗するほどの彼女の芸術の魅力は、「水玉という単純で分かりやすいユニークなアートフォームで大人から子供まで魅了し、インターアクティブの部屋を作り、彼女の芸術に参加し共有できること」と言う。最後の部屋は、係員から渡された水玉のステッカーを真っ白な家具や壁に貼り付け、訪れた参観者は一体となり、草間のアートの世界に入り込む。
ニューヨーク時代には平和、反戦運動にも係わった草間は、「芸術の力、愛の力をもって、世界中に平和と愛の素晴らしさを届けたい」と、毎日食事も忘れるほど描くことに没頭する。去年の文化勲章受章式でも、「死にものぐるいで、何千年も人々が心を打たれる芸術を作っていきたい」と今後の抱負を語った。
草間彌生の個展は、「私がこの世から去っても、私の芸術に対する情熱と未来に対する終わりのない希望は、次の世代にも受け継がれ、人々により良い明日に向かって共に力を合わせて進もうと奮起させることを望んでいます」とインタビューの画像で締めくくっている。草間にとって、水玉はすべてのものに対する愛の結晶なのかもしれない。
(天海幹子)

補足:「草間彌生美術館」は2017年10月1日、新宿に開設。

北米報知は、ワシントン州シアトルで英語及び日本語で地元シアトルの時事ニュースや日系コミュニティーの話題を発信する新聞。1902年に創刊した「北米時事 (North American Times)」を前身とし、第二次世界大戦後に強制収容から引き上げた日系アメリカ人によって「北米報知(North American Post)」として再刊された。現存する邦字新聞として北米最古の歴史を誇る。1950年以前の記事は、ワシントン大学と北米報知財団との共同プロジェクトからデジタル化され、デジタル・アーカイブとして閲覧が可能(https://content.lib.washington.edu/nikkeiweb/index.html)。