Home 食・旅・カルチャー 私の東京案内 港区 3

港区 3

「外苑前」

青山通りをさらに進み、地下鉄青山一丁目駅をすぎ次の外苑前駅へ向かうと、銀杏の木が両側に並ぶ道路が右手に見えてくる。都民に親しまれているこの「銀杏並木」300メートルほど続き、それを進むと外苑広場へ出る。銀杏の木は明治神宮の「外苑」ができたときに植えられたそうだが、秋には見事な黄葉が楽しめる。明治天皇崩御の後その業績を後の世に知らせるために建てられたのが明治神宮で、外苑はその外にある庭(苑)のこと。神宮そのものは日本独特の神道建築なのに対し、外苑の基本は西欧の庭園である。

外苑の中には球場、ラグビー場、アイススケート場や児童遊園地もある。ここへ来てゴルフのクラブを振って練習する人もいるし、運動のために歩いている人も見かける。無料貸し出しもあり、自転車でこの広い苑内を楽しむのもいい。コンクリートの大きな建物が処々にあるとはいえ、ここにいると大都会の真ん中であることを忘れるほどだ。北西の角にあるのが国立競技場、メインスタジアムである。

この競技場はつい最近取り壊されたため今は更地である。2020年予定の東京オリンピックのために新たなスタジアムを造ることになっているのだが、建て直すについてこれまでいろいろな論議やごたごたがあった。選考で選ばれたイギリス人建築家ザハ=ハデイトの案が建設費用の関係で反対する人が多く、キャンセルされた(そして馬鹿にならないキャンセル料を払った)。その後日本人建築家による縮小化したデザインに決まり、なんとか2016年末には工事に着手した。やれやれと都民は思ったに違いないが、オリンピックそのものにあまり乗り気でない都民も少なくない。税金の無駄使いという意見があるのだ。

第二次大戦も終り近くのこと、ここ神宮外苑広場で「学徒出陣」の式があった。在学中の男子学生が戦場へ送り出されることになったのだが、そんなことを知る人は今はほとんどいないだろう。この青山の地は徳川家康と親しかった青山家の下屋敷があったところで、その頃は町屋もだが雑木林もあったという。明治の世になると、主に中流階級の住宅が占めた。今は、裏通りは閑静な住宅地ではあるものの、青山通りにはブテイークやブランド品を扱う店舗、美容室、オフィスビルなどがあり、日本の中の「西欧」の雰囲気である。

青山通りを西の端から歩いてきたが、青山一丁目の次の地下鉄駅は「表参道」(その次は渋谷 駅)である。「表参道」とは明治神宮への参道のこと、かなり長いケヤキの並木道だ。この表参道が一般神社の参道と異なる点は、途中に「表参道ヒルズ」(「六本木ヒルズ」と同じ開発者)があったり、バーバリとかルイヴィトンのような外国ブランド品の店舗が並んでいることだ。表参道は渋谷区に入り、東京でも一、二を争うファッション街なのである。カフェやブデイックが、時に入れ替わりながらも集まってトレンデイさを競っているのも特徴だ。日本経済がバブルの最中のころ、青山通りと外苑へ進む道の角に「ベルコモンズ」という高度消費の象徴とも言うべき集合店舗があり、、ファッションビルなど呼ばれた。その役目も終わった2013年に閉鎖、ビルは解体された。

表参道の通りには若い男女があふれている。どんな目的でどこから出てきたのだろうかと思わせるが、中高生にしか見えない女の子たちは数人でたむろし、それより少し年長に見える男子は、どれもこれも道の傍のベンチならぬ鉄柵に腰を置て携帯電話とにらめっこをしている。このあたり一帯は1964年の東京オリンピックまでは静かな住宅地だったのだが。
参道を20分ぐらいで歩き切ると、前方右にはJR原宿駅が見える。明治神宮への入り口のひとつはそこから歩いて5分ほどだが、その前に、ここまで来たのならぜひ太田記念美術館へ寄りたい。太田清蔵と言う人が1980年に開いた私設美術館だが、浮世絵専門に集め12,000枚を所蔵している。初期から終末期までの作品が揃っているというから研究者にとってはありがたいだろう。美術館は表参道の通りをほんの少し入った場所にあり、面白いことに靴をぬいで展示場へ入る。

太田美術館のある細い道へと入っただけで、表参道とは打って変わった落ち着いた感じがする。ブラームスの像を庭先に置いた格調ある喫茶店があったり、ヨーロッパの都市の雰囲気がただようなか、スタイルのいい熟年女性が歩いていたりする。変化と不変が混じり合うばかりでなく複雑な顔を持つ界隈なのだ。

青山をもう少し歩き、今度は青山通りを六本木通りの方向へ、つまり外苑駅から南の方向へ向う。そこは南青山と呼ばれる地だが、全体の半分くらいを占めるのが青山墓地である。桜の時期であれば、この墓地のまん中の道を歩いてみるべきだ。花のトンネルが、墓地の外がわの車の騒音や人々の生活をよそに、静かな華やかさを提供している。

表参道の東側は外苑東通り、青山一丁目からミッドタウンの脇を過ぎて六本木通りまで続く。2007年にオープンしたばかりの国立新美術館もこの地域の南端にある。美術館の展示内容はともかく、容れものであるポストモダン建築はすばらしい。外から見て鑑賞する価値があるというのが私の意見。

(田中 幸子)