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第64回 ヴァイオリニストのマーケティング実践

ワクワク系マーケティング実践会(このコラムでお伝えしている商売の理論と実践手法を実践する企業とビジネスパーソンの会)会員に、ある著名なオーケストラのヴァイオリン副首席演奏者がいる。「なぜそのような人がワクワク系を学ぶのか?」と思うかもしれないが、実はワクワク系を学び実践しようとする方には、アーティストや職人さんは多い。なぜならワクワク系は、自分の価値を最大限に生かし、世に問い、そこに商売をはさんでちゃんとお金にして食べていく、という営みゆえ、アーティストや職人さんたちとは相性がいいからだ。

ヴァイオリン副首席演奏者の彼が今回取り組んだのは、彼のアーティストとしての営みのなかでもかなり具体的なもので、自身が関わっている弦楽四重奏の演奏会の告知広告の作成だ。彼の仲間などレベルの高い演奏が出演し、こだわりのお酒など飲食付きのハイグレードな演奏会。しかし、集客に悩んでいた。初回開催はワクワク系を学ぶ前のこと。30人は入れる会場だったが、2週間前になっても予約者が10人にも満たない状況で、「こんな恐ろしいことがあるのかノ」と思ったとのこと。

2回目は実践会入会後で、ワクワク系のセオリーを押さえながら考えて作ってみると、問い合わせは徐々に増え、3回目の演奏会では満席になり、4回目にはキャンセル待ちが出るようになった。

4回それぞれの広告紙面を比較してみると、初回のそれは、デザイン的には最も美しくできているが、どんなイベントなのかイメージがつきにくい。文字と共に幾何学的な模様がレイアウトされているが、紙面上に楽器もなければお酒もなく、人もない。それが2回目になると、小さくはあるが演奏者の写真やお酒の写真などが入り始め、3回目はもっと人が出て、演奏者である彼らが楽器を持って立つ写真(しかし、演奏会的な服装でなく、カジュアルなTシャツで)が大きく前面に。キャンセル待ちが出たという4回目のそれは、ベンチに座って美味しそうに食べる彼らの写真がメインになり、楽器はついにそのかたわらでケースに入ったままの写真となった。

ここでの主な学びは2つある。1つは、美しいデザインと、人の心を動かして行動(この場合は「演奏会に行く」という行動)させるデザインとはしばしば異なるということだ。もちろん美しい上に行動が生まれるものもあり、それならば最高だが、まずはこの「異なる」ということを知っておくといい。

もう1つの学びは、彼の姿勢にある。冒頭で言ったように、ヴァイオリニストといえども音楽以外のことで学ぶべくを学び、実践する必要がある。アーティストはおろか、商人でさえ学ばず実践しない人も多い。それでは自身の価値を世に問えない。ひいてはビジネス上の結果も生み出されてこないのである。

小阪 裕司
山口大学人文学部卒業後、大手小売業、広告代理店を経て、1992年オラクルひと・しくみ研究所を設立。「人の心と行動の科学」を基にした独自のビジネス理論を研究・開発し、2000年からは、その実践企業の会を主宰。現在、全都道府県および北米から千数百社が集う。