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招客招福の法則

第18回 「お客さんの心に寄り添うには」

先日、偶然に乗り込んだタクシーがユニークだった。見ると、助手席のヘッドレストの後ろに亀のマークのボタンが光っている。それを押せば「通常よりゆっくり走る」という。聞けば、もう数年前から導入しており、乗客には好評。会社全体で配車依頼も増えたとのことだった。

タクシーといえば、急いでいる時に利用することが多い。ただ、深夜に遠距離を乗る時などは一分を争っているわけではなく、妙に飛ばす車に乗ると、もうちょっとゆっくり走ってほしいと思うこともある。このタクシーをどんな方が好んで利用するのかと問うと、妊婦さんが典型的な顧客だそうだが、うなずける
話だった。

このサービスそのものもさりながら、ここで私が感心したのは、ボタンを押せばよいというその配慮だ。ゆっくり走ってほしいとは、心の中で思っていても、運転の仕方をとがめているようで、こちらからはなかなか言い出せない。そういうお客さんの気持ちに寄り添った配慮なのである。

お客さんの気持ちに寄り添う――これは今日、以前にも増して大切なことだ。その好例をもうひとつお伝えしよう。ランドセルも扱っているあるネットショップからのご報告だ。ある日、この店でランドセルを購入したあるお母さんから、配達日の要望があった。それは「直近の『大安』に送ってほしい」というものだった。

この要望に店主は驚いた。なぜなら彼は、ランドセルと縁起を結び付けて考えたことはなかったからだ。またランドセルの場合、早く届けて欲しいと言う人は稀で、注文時に配達日の指定をしない方の方が多い。なかには、早く着くと入学日までに傷がついてしまうと、「なるべく遅く配達してほしい」というお客さんもいるくらいだった。

しかしこの出来事以降、彼はネットからの購入者一人ひとりに電話し、配達希望日をお客さんに確認してみることにした。「直近の大安は○月○日ですが、この日にお届けしましょうか?」と尋ねるのだ。すると、約7割の人が、「せっかくですので、大安の日に」となり、この電話に大いに感謝されることがわかった。こう尋ねられなければ、気にせず過ぎていったことだろうが、一度気づけば、縁起を担ごうとする人は意外に多い。なぜなら多くの方々にとって、ランドセルは特別な買い物だからである。

お客さんの気持ちに寄り添うことは大切なことだが、実際に具現化するとなると、ひと手間余計にかかったり、サービスコストが上がる、効率が悪くなるなども多い。実際、先のタクシーのサービスは、導入当初、同社内でも賛否があったようだ。また、ランドセルの店も、購入者一人ひとりに電話して尋ねることは手間以外の何物でもない。しかし同店、値引き競争もせず、業績は堅調。先のタクシー会社も配車依頼が増えているように、こうした配慮と行動がファンを増やす。

これもまた、商売を長い目で見て安定させるということなのである。

(小阪 裕司)

筆者プロフィール:
山口大学人文学部卒業(美学専攻)後、大手小売業、広告代理店を経て、1992年オラクルひと・しくみ研究所を設立。人の「感性」と「行動」を」軸にした独自のビジネスマネジメント理論を研究・開発し、2000年からは、その実践企業の会主宰。現在、全都道府県および北米から千数百社が集う。

近年は研究にも注力し、工学院大学大学院博士後期課程修了。学術研究と現場実践を合わせ持った独自の活動は、多方面から高い評価を得ている。

「日経МJ 」(NikkeiM a r k e t i n gJournal・日本経済新聞社発行)での460回を超える人気コラム「招客招福の法則」をはじめ、連載・執筆多数。著書は、新書・文庫化・海外出版含め39冊。

九州大学客員教授、静岡大学客員教授、中部大学客員教授、日本感性工学会理事。詳細はwww.kosakayuji.com。

小阪 裕司
山口大学人文学部卒業後、大手小売業、広告代理店を経て、1992年オラクルひと・しくみ研究所を設立。「人の心と行動の科学」を基にした独自のビジネス理論を研究・開発し、2000年からは、その実践企業の会を主宰。現在、全都道府県および北米から千数百社が集う。