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第17 回 「視点と心の持ちようで」

ある店で、パンが多く売れ残ることがあった。もともとこの店はパン屋ではなく食品店でもないが、知人が作っている自家製酵母のパンを、土日だけ時々売ることがあった。そこで店主は考えた。たしかにあまり販売努力はしていないが、それ以上に、そもそもお客さんは、このパンを売っていることにすら気づいていないのではないか。

この店は30坪ほどの小さな店だ。しかし店主はそこに問題ありと考え、シンプルな手を打った。店の入り口に、「あのパンあります」と書いた紙を貼った、簡易な立て看板を立てたのである。するとその日から見事にパンが売れ残ることはなくなった。加えて、その看板を見て入ってくる新規のお客さんが多く現れた。打った手は看板を立てただけ。それが一石二鳥の結果を生んだのである。

多くの場合、商品が売れ残ると、「売れない商品」だと思い込んだり、価格を下げるべきだと考えがちだ。しかし売れない理由は、単にお客さんが売っていることを知らないだけかもしれない。売る側は毎日商品に接しているので、よもや売っていることすら気づいていないとは思わない。しかし人の認知メカニズムはそうなっていて、目に映るものすべてが「見えている」わけではない。だからこそ、今回のような手が功を奏することがある。ここでの学びは、このように「人」について正しい知識を持ち、常に「人」から考え、正しい手が打てるかどうか。つまり商売の視点なのである。

それに関連して、こういう話も紹介しよう。私はこのコラムで書き続けている商売の考え方・やり方を全国に広めて回っているが、話を聴き、たまに「おっしゃることはわかるが、やるのは難しい」というお言葉をいただくことがある。そこで次の食品店の話だ。

この店では毎年中学生の職場体験学習を受け入れているが、ここ数年、体験学習の最終日に、実際に商品を売ることにチャレンジしてもらっている。それも、普通なら達成するのが難しそうな販売目標を立ててのものだ。取り組み初年度はメロンパン110個を1日で昼までに完売。2年目は1袋3 3 0 円のポテトチップスを100袋に挑戦し、昼までに完売。3年目は1個2 5 0 円のプリンを2 0 0 個、4 年目はとうもろこし300個に挑戦し、見事に完売。そして2015年、体験者が商人仲間の息子だったこともあり、少しハードルを高くして、サバとイワシの缶詰めの500個販売に挑戦。最終的には554個を売り切った。決して安売りでの達成ではない。むしろ価格は高めのものばかりで、商品価値をいかに伝えるかに重きが置いた取り組みだ。

ちなみにこの店、人口2700人、世帯数1000世帯、60代の方が人口の60%以上という町にある、小さな店だ。それでも、正しい考え方と手立てを講じれば、中学生でも結果は出せる。「難しさ」とは、各々の心の中にある問題だ。

つまるところ、商売の結果を左右する決定的なものは、視点や心の持ちようなのである。

(小阪 裕司)

筆者プロフィール:
山口大学人文学部卒業(美学専攻)後、大手小売業、広告代理店を経て、1992年オラクルひと・しくみ研究所を設立。人の「感性」と「行動」を」軸にした独自のビジネスマネジメント理論を研究・開発し、2000年からは、その実践企業の会主宰。現在、全都道府県および北米から千数百社が集う。

近年は研究にも注力し、工学院大学大学院博士後期課程修了。学術研究と現場実践を合わせ持った独自の活動は、多方面から高い評価を得ている。

「日経МJ」(NikkeiMarketing Journal・日本経済新聞社発行)での460回を超える人気コラム「招客招福の法則」をはじめ、連載・執筆多数。著書は、新書・文庫化・海外出版含め39冊。

九州大学客員教授、静岡大学客員教授、中部大学客員教授、日本感性工学会理事。詳細はwww.kosakayuji.com。

小阪 裕司
山口大学人文学部卒業後、大手小売業、広告代理店を経て、1992年オラクルひと・しくみ研究所を設立。「人の心と行動の科学」を基にした独自のビジネス理論を研究・開発し、2000年からは、その実践企業の会を主宰。現在、全都道府県および北米から千数百社が集う。