Xboxの大ヒットゲーム「Halo」シリーズは、その世界観を作り出している音楽のクオリティーの高さでも評判。2011年にマイクロソフト社に引き抜かれ、「Halo 4」「Halo 5: Guardians」の作曲家として活躍してきた陣内一真さんは、この夏、満を持して独立したばかり。子どもの頃から好きなことを突き詰めてきて、作曲家として現在のポジションに立つ陣内さんは、どんな人生を歩んで来たのでしょうか。
取材・文:渡辺菜穂子
写真提供:陣内一真
原点は音楽とコンピューター
7月にマイクロソフト社を退社した陣内さん。フリーランスの作曲家となってまだ間もないにも関わらず、日本のテレビシリーズやロサンゼルス拠点の映画の作曲を手がけており、忙しい毎日を送っている。
「これまで会社に所属してゲーム音楽の作曲を主にやってきたので、独立をきっかけに、もっといろいろな作品に関われたらと思っています」。モノを作る人が醸し出す独特のオーラを持ちながらも、威圧感を与えない柔らかい物腰。「まずは収入を安定させて生活の基盤を作るのがいちばんですが」と、笑顔を見せる。来年にはゲームの仕事も数本入っており、順調なスタートを切っているようだ。
そんな陣内さんの原点は音楽とコンピューター。そもそものきっかけとなったエピソードが面白い。「音」を意識したのは幼稚園の時。先生の弾くピアノの音に引かれ、習いたいと親に頼むが「ピアノは大き過ぎて家に置けない」と言われ断念。しかし、小学3年生でフルートの音色に引かれた時には「それならば」と、習わせてもらうことに。ただ、後に進学するバークリー音楽大学ではギターを専門楽器とするのだが、実はギターに関しては弾きたくて始めたわけではないという。
「中学生の時はファミコンが欲しかったんです。親にお願いしたら『やりたいゲームはこれで作りなさい』とコンピューターを与えてくれました。それで、図書館でプログラミングの本を借りてきて、ゲームらしいものを作りました。しかし、ファミコンのゲームと比べるとやっぱり見劣りします。何が違うんだろうと考え、音が出ていないことに気付きました。自分のゲームに音を入れるために、作曲をしようと」
そこで、和音を奏でるための手軽な楽器として、ギターを手にした。フルートでメロディー、ギターで和音、コンピューターでリズムを作ったのが処女作に。15歳の時の話だ。その頃からギターと共にさまざまな音楽を聴くようになり、陣内少年の興味はゲームのプログラミングから音楽に移っていった。
仕事としてゲーム音楽に出合う
陣内さんはジャズや現代音楽の名門、バークリー音楽大学を卒業している。ジャズピアニストの上原ひろみさんとは同級生であり、今でも親友と呼び合う仲だ。「大学の頃は、フュージョン的な音楽を作っていました。頭の中で風景を思い浮かべながら『風っぽい感じ』などとイメージして作曲します。80年代に結成されたフュージョン・バンド、イエロージャケッツの曲の構成がすごく面白くて、こういう楽曲ができたらいいなと思っていました」
いくら名門音大を出ても、音楽で定職に就くのは難しい。卒業後しばらくは、手当たり次第に仕事をしていた。「CM音楽をやりたかったので東京に出て、最初は青山にある老舗の制作会社で制作補佐のバイトをしました。事務的な雑用をしながら、時には作家さんのためのサンプル音源を作るなどしていました。クリエイティブな部分の仕事は面白かったのだけれど、試用期間が終わる時に『今後どうするんだ?』と聞かれ、『僕は作曲がしたいんです』と答えたら、『じゃあ、今日で最終日だ。お疲れさま』と言われました。ちょうどクリスマスの夜でしたね」と、当時を思い出し、苦笑いを浮かべる。
その後は知り合いに片っ端から電話をして仕事を探す。歌手のバックバンド代わりにコンピューターで打ち込み演奏を作ったり、楽譜作成ソフトウェア「シベリウス」のローカライズやユーザーサポートをしたり。そんな生活を3年間続けたある日、転機となる1本の電話があった。
バークリー大学時代の同級生であり、当時コナミの社員であった作曲家/音楽プロデューサーの戸田信子さんから、新しいゲーム音楽の制作チームの一員として声がかかった。「最初は断りました。それまで学んだことや仕事にしてきたことと、ゲーム音楽の制作は全く違うので、やっていけるかどうか自信がありませんでした。すると戸田さんから『作り方や制作プロセスなど技術的なことは教えられるから大丈夫。重要なのは、いい曲がかけるかどうかで、絵的な要素を感じるあなたの曲はゲームに合うから、絶対にうまくできる』と言われました。自分の音楽をそこまで強く評価されることはなかなかなく、やってみようと思いました。どちらにしてもデモがダメなら落とされるので」。陣内さんはチャンスに挑み、見事につかんだ。社内で議論はされたそうだが採用が決まり、ゲーム音楽作曲家としてのキャリアがスタートした。
当てはめた音楽がコレだと確信できる瞬間があり、
そんな時は、いい仕事ができています
作曲家、陣内一真が求められる理由
一般的に想像される「作曲」と、ゲーム音楽の作曲は全く違う。「それまでは聴いて心地良い音楽を目指して作曲していましたが、ゲーム音楽には心理的な作用が関わってきます。僕がいちばん考えるのは、スピード感です。音楽でいうとテンポ。ゲームには、どの場面にも何らかのスピード感が存在します。どんな音楽を当てはめるかによって、プレイヤーをわざと焦らせるなどコントロールすることができるのです」
陣内さんの音楽が、多方面から求められる理由は何だろうか。「ディレクターの方に解釈を評価されることがあります。映像や体験に音を付ける場合、まずその場面をどう解釈するかが問題です。僕にとって永遠の課題ではあるのですが、当てはめた音楽がコレだと確信できる瞬間があり、そんな時は、いい仕事ができています」
映像解釈について興味深い話を教えてもらった。音大の授業で、まず無音の動画を観る。「若い男女がとある家からこっそり抜け出して車で走り去って行く。それを初老の男性が窓から見てニコッと笑う」という展開だ。作曲家のタマゴである生徒たちの課題は、その動画に音を付けて意味を持たせること。ある生徒は、心温まる曲で「こっそり駆け落ちする若いカップルを、全て理解して黙って見送る父親」というストーリーに仕立てる。一方、ほかの生徒は、サスペンスに満ちた音楽で、車が走り去った後に爆発音を鳴らし、そこに初老の男性が笑顔を見せる映像がかぶるように仕上げた。なるほど、音楽によって映像の持つ意味を大きく変えてしまえることがよく理解できる。
陣内さんは映像の解釈を学校で体系的に勉強したわけではない。ゲーム音楽の仕事を始め、実生活から学んだという。日々の体験で「コレをするとこんな気持ちになる」ということに意識を向け、「この場面でこういう音を聞くと、こう感じる」という音体験の記憶を積み重ねた。つまり、映像解釈において独自のアプローチを完成させたのだ。
ゲーム産業の街、シアトル
「Xbox『Halo』の楽曲には、思い入れがあります。すごくいいチームで制作できたし、特に『Halo 4』はこちらに来て初めての仕事であり、作曲した曲をオーケストラで録音するという経験も初めてで、いろいろなプロセスが特別でした」。陣内さんをシアトルに導いたのは、コナミ時代の上司、戸島壮太郎さんが「Halo」のオーディオ・ディレクターに就任し、そこから声がかかったことがきっかけだ。
ゲーム産業の街、シアトルならではの「ゲーム・オーディオ・コミュニティー」の存在が素晴らしいという。「ゲーム音楽の制作に関わっている人々のコミュニティーです。ライバル会社に所属していても不思議と競争にはならず、みんな協力的で横のつながりがとても大事にされています。そこで飲みに行くような友だちもできました」
好きなお酒も趣味の機材も、音楽友だちと楽しむ。「家ではあまり飲まないので、家族が寝てしまった後に近所の友だちと飲みに行きます。同業者で、同じバークリー出身という、とても才能のある若者です。音楽機材について詳しく、月に1度は自宅スタジオでビールを飲みながら一緒に音を作って遊んでいます」
好きなものを突き詰めて仕事につながった理想的なキャリアだ。「子どもの頃から、バカのひとつ覚えみたいに、ハマるとずっと同じことをやっています。今後何か新しいことを始め、いろいろな発見が続くとより興味が深まり、そこでアドレナリンが放出して、ますますハマっていくのです。今後やりたい仕事は、プロジェクトの内容もそうなんですが、この人と思う人と一緒に仕事ができたらいいですね」
ゲーム産業の街、シアトルならではの
「ゲーム・オーディオ・コミュニティー」の存在が素晴らしい
ウェブサイト:www.kazumajinnouchi.com