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「じゃぱんレールパス」 東北、北陸の旅一週間 4

第四日目

東京駅の新幹線ホームの発着数はとても多い。昨年新たに、北陸新幹線が加わった。初めて東海道を新幹線が走ったときの興奮を私はよく憶えているが、今は新幹線に乗るのは特別のことではない。時間を惜しむ人は短距離でも気軽に使うし、通勤する人さえいる。今回の旅のように、まず本州の北端へ行き、一度東京へ戻ってから方向を変えて北陸、そこから京都へ出る。これを一週間でするのは新幹線があってこそである。

ということで、東京で一泊した翌日旅を続けた。今度はまず北陸新幹線で富山へ。2 時間ちょっと。それまでは遠いと思っていた北陸がぐっと近くなっている。車内のテロップは「日本の美は北陸にあり」(Japan’s  Beauty, Hokuriku)とあり、宣伝に努めている。しかし、早朝のためか乗客はちらほら、隣のホームを出てゆく博多行きがほぼ満員なのに比べると、だいぶ寂しい。

なかなかよく出来ている車内雑誌「トランエール」(TrainVert)を隅から隅まで読んでいるうちに、列車は富山駅へ。まだ午前9時前。長年の念願である立山、それを越えて黒部ダムへ行けると判断した。その後は高岡へ出て、JR 氷見線で氷見という港町まで富山湾に沿って行く。目的は新鮮な冬の魚である。

富山駅構内の案内所で聞くと、立山アルペンルート(バスとケーブルカーで立山の中腹へ昇り、そこから黒部ダムへ) はお勧めでないとのこと。紅葉はほぼ終わっているし、おまけに今日は霧が深くて何も見えない。「今送られてきた写真です」とノートパッドを差し出して見せてくれる。最新のIT 器機による情報のおかげだ。行き先を急きょ変更する。立山でなく黒部峡谷へ行くことにして、トロッコ電車の時間表を急いで検討。

隣にいる中年グループに声をかけると、ハワイからだという。「日本は5度目」とリーダー格の男性。2日間をかけてアルペンルートと黒部渓谷の両方をまわるらしい。それが一般の観光スケジュールらしい。泊まりは宇奈月温泉、その場合(東京からのツアー案内パンフレットによると)費用は、宿賃を除いて4万1500円。新幹線が高額だからそうなるのだろうが、レールパスのありがたみを感じる。

宇奈月温泉街はなかなか風情も品格もある。駅からほど近い宿やホテルは、一泊2万円(2食2人以上で一部屋)は下らないだろう。一度ゆっくり来たいものだ、などと思いながら小雨の中を少し歩くとトロッコの駅。客はかなり多く、トロッコはフル回転のもよう。窓ガラスのない車両(少し安い) を選択して切符を買う。終点までは片道1710円。黒部峡谷は今の時期、紅葉が売りもの。ここでも中国人グループが目立つ。

トロッコはかつて黒部ダム建設のために使っていたもの。終点まで行き、エレベーターに乗ったり竪抗を歩いて展望台へ昇るのが一般だが、わたしは終点のひとつ前で降りる。そのほうがまわりに人が少ないだろうとの考えだ。運賃表を見ると、数分の距離なのに700円も安い。いっしょに降りたのは中国人グループだけだったので、自分と彼らの思考パターンは同じなのかしらと、おかしくなる。少し歩き、線路脇に一軒だけある宿の外にある足湯を使う。冷え切った身体が暖まり足が軽くなったのは驚きだが、ぐるっとまわりを囲む山の紅葉の見事さは言うまでもない。言葉よりも写真にまかせるほうがいい。

さて富山は江戸時代には「越中」と言った。「薬売り」で知られたが、戦国時代の一時期には佐々成政が治めた。住人には慕われていたというが、運つたなく秀吉に降伏した後、加賀の前田家の所有となる。険しい山と美しい田園の地である。

黒部峡谷を堪能したあとは高岡市。江戸時代から銅器の製造で知られていたこの地には、風情ある黒い瓦葺、真っ黒な漆喰塗りの商家が軒を連ねる古い街並(金町)が残されているはずだ。それらは翌日見ることして、今夜の宿先の氷見へ向かう。

富山湾に面した漁港の町の氷見は、高岡からJR氷見線で30 分。「潮の美」という宿をインターネットで探した。駅まで出迎えがある。湾のほぼ中央にあるこの宿は水際すれすれに建ち、海の向こうは立山の連峰。明朝はそこを昇る日の出を見ることができるかもしれない。

氷見には旅館が何軒かあるが「潮の美」は「割烹民宿」とのこと。宿の外見からするとたしかに民宿だが、「割烹」を自称するだけのことはある。夕食に出された料理は第一級だったし、朝食もしかり。それで一泊二食8500円はお値打ちだ。

海岸からすとんと深くなる富山湾は「天然の生簀」と言われる。「世界でもっともうつくしい湾クラブ」(ユネスコ後援)という団体があり、氷見は、日本では松島についで名乗りをあげているそうだ。ちょっと大げさでしょ、と湾を見て思ったが、食事のほうは期待以上だった。「氷見温泉」と言っているが温泉は出ない、と正直な宿のご主人が言う。「氷見牛」とか「氷見うどん」などとも宣伝されているが、日本の観光地の悪い癖だ。

温泉地の旅館を選ぶのは簡単ではない。本屋で見ればわかるように、旅行雑誌その他の情報はあふれており、どこで何を食べるかを伝えている。本当に参考になるかどうか疑わしいが、ツアーが使うような宿はやめたほうがいい。

(田中 幸子)