東京・築地の魚市場を描いたドキュメンタリー『 Tsukiji Wonderland (邦題:築地ワンダーランド)』がシアトル国際映画祭で上映された。5月 31 日に市内SIFFシネマ・アップタウンで世界初公開(北米PR/配給サポート : 株式会社ENパシフィックサービス)。 劇場前には長蛇の列ができ、220席の会場も満席となった。上映後には遠藤尚太郎監督をはじめ、企画、プロデュースを担当した手島麻依子氏、奥田一葉氏、本編にも出演しているハーバード大学人類学教授で築地研究を15 年続けてきたテオドール・C・ベスター教授が登壇。 観客の質問に応じ、映画撮影の背景について語った。
ユネスコ世界遺産への登録以来、世界から日本食への関心が高まりをみせているが、その中心に魚食文化がある。第二次世界大戦前からその文化を支えてきたのが東京都中央卸売市場、築地で、競り人の掛け声から参加 者の合図の仕方まで、独特の世界観が詰まっている。
近年海外からの観光客も増加しており、マグロ卸売場の学は早朝5時受付 にも関わらず毎日多くが参加する。魅力の一つとして挙げられるのは取引規模で、水産物は世界最大級の取引高を誇る。2015 年、一日当たりの取扱数量は約1600 ㌧、取引価格は約16 億4千万円に相当する。映画の中には 「ナンバーワンではない。オンリーワンだ」という声もあり、 他と比較できない築地の魅力に迫っている。
映画は近郊の豊洲に移転が決まり、今年で閉鎖となる築地市場で働く「仲卸」の人々が中心に描かれている。新鮮さが問われるイメージとは裏腹に、日本のみならず世界から集まる魚介類には、漁獲、運送、処理手当 の過程など手間を要する。その後、小売商等の売買参加者に販売するまで、出荷者と消費者の間にある中央市場で問われるのが仲卸のプロ フェッションだ。彼らの姿を通し、金銭や商品のやり取りだけではない、人間関係が土台となる築地の商いの姿が映し出されている。
「市場というのはただの場。『築地』 を生み出しているのはそこで働く人たち」と語る遠藤監督。 魚より人を信頼し、人を見て魚を買っている人がいる。スク リーンに登場する約70 人もの仲卸、小売りの間からは利益とは別の信頼関係が見えてくる。
撮影にあたっても、取材側と被写体である築地を取り巻く人々との人間関係が問われたという。 今まで前例のない年間を通しての長期撮影。仲卸にとっては職の場、また仕事の最中の撮影には、各小売店との信頼関係 を築くのが不可欠だった。最終的に撮影を始めるまで約1年を費やしたという。撮影に入ってからも、毎日さまざまなことが同時多発的に起きる築地で、臨機応変な対応が求められた。しかし1年を通すからこそ見えてくる食の旬が、日本文化の根本にある四季を見事に映し出していた。
世界的に有名なシェフや学者の出演の背景には、「築地のためなら」という声を何度も聞いたという。信頼関係は築地で働く人の姿、プライドがおのずと語っている。現代社会の働き方に対する倫理観を見直させられる観客も多いのではないか。
一方、同時に見えてくるのは現代の日本の食文化。食事に時間をかけなくなり、手間のかかる魚料理から遠ざかる世帯が増えている。商売をする側の影響は 東京魚商業組合の会員店舗を見ても明らかで、1976年の 2369店から今春で500店を割るなど減少を続けている。
仲卸からは「魚の味がわからなくなるのでは」という疑念の声も聞こえてくる。映画では、食育、特に学校給食など次世代に魚食を伝えていくことに関心を寄せ、アクションを起こす姿も映し出されていた。建物の老朽 化等の理由で 11 月に迫る豊洲移転についても施設内容、土壌汚染など経費面で仲卸にとって負担は大きい。今年3月には 約500人が中央卸売市場を管轄する農水省前でデモを行った。
遠藤監督は「 20年後には築地なんて知らない世代も出てくるかもしれない」と話す。1935年 に開業、 80 年を超える歴史を持つ築地。その場の裏にある人々の魅力を記録した映画『 Tsukiji Wonderland 』は、 国境を越え、時代を超えて人々の心を打つものがあるのではないか。
同作品は、9月に開催されるスペインの「サン・セバスチャ ン国際映画祭」でも上映が決定。その他アジア各国でも劇場公開を予定している。
(大間 千奈美)