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インタビュー 映画監督 是枝裕和さん

アメリカにいるからこそ、日本映画が恋しくなる! 是枝裕和監督に突撃インタビューから、映画ライターの土井ゆみさんによる「これだけは知っておきたい日本の映画監督」紹介まで。

 


「映画とは一体何なのか、死ぬまで探し続ける」

映画監督 是枝裕和さん
日本を代表する映画監督として、カンヌ国際映画祭をはじめとする世界各国の映画祭で高い評価を得ている是枝裕和監督。今年5月に開催されたシアトル国際映画祭(SIFF)2017参加にあたってシアトルを訪れた是枝監督に、自身と映画について話を聞いた。取材・文:小村侑子 写真:小林真依子

きっかけは一枚の情景から

今回SIFFに参加した『海よりもまだ深く(After the Storm)』は、僕が生まれ育った東京の団地を舞台にしています。団地には9歳の頃から20年間近く住んでいました。
制作のきっかけは、僕の記憶の中にある一枚の風景からです。台風が過ぎ去った翌日にランドセルを背負って学校へ向かう朝、外の芝生がすごくきれいだったんですよ、雨で洗われて。その景色を撮りたかった。幼い頃の僕があの時感じた気持ちを、映画を見た人にも感じてほしいというのが始まりでしたね。
僕は父親とはずっと疎遠でした。彼が亡くなってからもう15年が経ちますが、僕自身が子どもを持って父親になった今、むしろ父のことを思い返す機会が増えてきたんです。もしかすると父はこんなことを考えていたんじゃないか、と考えることが多くなった。それで、亡くなった父を巡る話を書いてみたいと思いました。
撮影に使った団地は、僕が実際に住んでいた場所です。たまたま撮影許可が下りたのがそこだったんです。部屋の間取りも全く同じ。僕にとってこの作品は映画というより、タイムマシンに乗って過去の自分に立ち会って、その中に僕の部屋だったり、僕の母親だったりが映っている、そんな錯覚に陥ってしまうような特別な映画です。

個人にとってのリアルが普遍的なイメージに結びつく

劇中の人物は、僕自身の実体験をかなりストレートに反映させています。特に樹木希林さん演じる母親役のキャラクターは、そのまま僕の母親です。出てくるエピソードのいくつかは実際に起こったことなんですよ。薄めたカルピスをコップに注いでアイスを作るところとか。ラップもかけないで冷凍庫に入れて凍らせるから、アイスがいつも冷凍庫の匂いに(笑)。
僕にとってのリアルを追及したのですが、不思議なことに、いろんな方から「うちの母親を見ているみたい」と言われました。同様に、2008年に撮った映画『歩いても歩いても』でヨーロッパの映画祭を回った時は「なんでお前は俺の母親を知ってるんだ!」と上映後に結構言われましたね。「いやいや、あれは俺の母親だよ」って言い返したりして(笑)。僕個人の思い出なのに、みんなの母親の記憶とどこかで結びつく。母親像っていうのは意外と万国共通なのかもしれないですね。そんな出来事があってから、「これは外国人に伝わるかどうか」なんて一切考えなくなりました。悩んでも意味がないと悟ってしまったので。
過去にはいろいろと意識していた時期もありますよ。海外の映画祭に行くと、僕の映画を含めて、日本映画に欠けているものが見えてくるんです。例えば社会性だったり、政治性だったり。それらをどうやって自分の映画の中に持ち込めるのだろうかと、若い頃は考えていました。
でも、そのうちに気が付いたんです。意識的にそういったモチーフを映画に入れるよりも、僕個人が一人の人間として、きちんと社会的に今を生きることの方が先だと。「自分が普段どういう問題意識を持って生きているか」というところから題材をすくい上げてこないと、中身が浮ついてしまうと今は考えています。

なりたかった大人に、まだなれていない

『海よりもまだ深く』の大きなテーマに「誰もがなりたかった大人になれるわけじゃない」というメッセージがあります。これは僕自身にも言えることですね。そんなに自己実現できているわけじゃない。なりたい父親にも、なりたい夫にもなれていないですし、なりたかった息子にもなれませんでした。今は生きている時間のほとんどを映画作りに費やしていますが、理想とする映画監督にはほど遠いです。別に有名になって海外に別荘を持ちたいとか、監督として具体的にこうなりたいという理想像があるわけじゃない。ただもう少し映画のことを理解したいと思っています。映画とは何かっていうところに、ちゃんとたどり着きたい。
僕は映画監督になって22年が経ちます。例えば英会話で言ったら、50歳を過ぎたらネイティブに近い形で喋れるようになっているだろうと思っていました、映画を作ることに関して。でもそれがなかなか難しい。ネイティブじゃないから、その都度辞書をひいています。第二外国語みたいな感じですね(笑)。もうちょっとうまくなりたいんです。発音もちゃんとして、身振り手振りなしてコミュニケーションできるように、みたいな。だからこれからも勉強していきたいです。

生涯現役、挑戦し続けたい

撮影の方法など、カメラマン何人かと組んで毎回自分なりに新しいことにチャレンジしています。今回は団地の3LDKという狭い空間をどう豊かに撮るかが挑戦でした。あれは実際の団地の部屋とセットを組み合わせています。
また僕独自の撮り方として、子どもには台本を渡しません。子役の子は映画のストーリーを知らない。順番に撮っていって、場面ごとに流れを説明していきます。予想していたのと全く違う演技になる時もある。そういった子役の反応を受け取って、大人の芝居も変わっていきます。完璧に準備されて組み立てられた物語を再現するのではなく、その瞬間に現場で生まれる空気感を撮りたいんです。これが僕にとって一番わくわくする方法で、一番いいものが撮れると思っています。
飽きないですよ、映画って。そして万人に通じる。映画に対する反応は、国籍によって違うわけではありません。日本の人たちも、海外の人たちも、結局みんな同じところで笑って、同じところで泣くんです。どこの国に行っても同じなんです。
僕の目標は、生涯現役。これからもずっと映画を撮り続けていきたいと思います。映画とは何かなんて、見つからないですよ。そんなに浅いものじゃないっていうことに気付いてしまった。死ぬまで分からない。だから探し続けるんでしょうね。

ソイソース読者に向けて、是枝監督から特別にメッセージをいただきました!
FacebookページYoutubeで動画公開中。

是枝監督の作品紹介

『海よりもまだ深く』(2016年)

ダメ人生を送る中年男、良多(阿部寛)。元妻の響子(真木よう子)には愛想を尽かされ、息子の養育費もまともに払えない。ある日、良多の母・淑子(樹木希林)が住む団地の一室に集まった彼らは、台風のため翌朝まで帰れなくなる。壊れかけた家族に、一夜限りの家族の時間が流れる。SIFF2017参加作品。

 


『歩いても歩いても』(2008年)

『海よりもまだ深く』の姉妹作。阿部寛演じる息子役と樹木希林演じる母親役のコンビは同作から始まった。夏の終わり、横山良多(阿部寛)は妻と息子を連れて実家を訪れた。老いた両親の家には久しぶりに笑い声が響くが、どこかぎこちなさが漂う。今日は15年前に事故で亡くなった横山家の長男の命日だった。

 


 『そして父になる』(2013年)

6年間育てた最愛の息子は、病院で取り違えられた他人の子だった。エリート建築家の野々宮良多(福山雅治)は人生で初めての壁にぶつかる。6年間愛してきた他人の息子と、初めて会う実の息子。どちらを引き取って育てていくかの葛藤の中で、自身の「父親」としての存在を見つめ直す。家族の愛と絆を描く感動作。

 


  『誰も知らない』(2004年)

都内の2DKのアパートに、母親のけい子(YOU)と息子の明(柳楽優弥)が引越してくる。大家には母子2人の家庭と説明するが、実は他に3人の子どもがいる。父親の違う子どもたちの出生届けは出されておらず、学校にも行っていない。やがてけい子は姿を消し、誰も知らない子どもたちだけの生活が始まる。実在の事件を題材にした衝撃作。

 

プロフィール
これえだ ひろかず■日本の映画監督、テレビディレクター。1962年生まれ。早稲田大学卒業後、テレビドキュメンタリー演出家を経て映画の道へ。初監督作品『幻の光』(95年)がヴェネツィア国際映画祭で金のオゼッラ賞受賞。4作目の『誰も知らない』(04年)がカンヌ国際映画祭にて映画史上最年少の最優秀男優賞(柳楽優弥)を受賞。以降も多彩な作品を生み出し、国内外の数々の賞に輝く。次回作『三度目の殺人』は今年9月に日本公開予定。根っからの仕事人間で、映画祭で海外に出た際は余暇の時間でホテルにこもって仕事を進めるのが一番の楽しみ。

トリコ小村
編集・ライター。ワシントン大学のビジネスクラスを履修中、インターンで入ったソイソース編集部にそのまま入社。2017年編集長を務める。現在は日本で小鳥ライターとして活動中。ライフワークは「人の話を聞く」こと。コトリ2羽とニンゲンのさんにん暮らし。 Twitter/Instagram @torikomura