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オバマ大統領広島訪問 「戦争しない世の中に 」 原爆経験者が願う未来の姿

G7サミットで日本を訪れていたバラク・オバマ大統領が先週、 現職として初めて、被爆地の一つ、広島を訪れた。大統領就任後、 2009年のプラハ演説で「核なき世界」を提唱、翌年には米ロ間 の核軍縮条約である新START署名や核セキュリティサミットの 開催など核兵器削減に向けて尽力してきた。原爆ドームを背に行っ た式典では、改めて未来と平和への思いが共有された。

今更謝罪しても死んだ方々が生き返るわけでもないからね。71 年前、原爆を落としたことを謝ってもらうよりも、戦争しない世の中になってもらいたい」――。今回の広島訪問を受け、当地在住で被爆者の1人田中リク子さん(写真英語1面)は話す。

71 年前の8月6日午前8時15分、米軍のB29爆撃機に乗った原子力爆弾リトル・ボーイが広島市の中心地にある産業奨励館(現原爆ドーム)犠牲となった。

当時19歳で日本赤十字病院の看護学生だった田中さんは、病気で休む同級生の食事を寄宿舎に運ぶ最中だった。原爆投下後、すぐに近くの寄宿舎に逃れたが、下駄箱と壁の間に挟まれ気を失う。助け出されたのはその日の 夕暮。救出されたのち、寄宿舎に向かい、下敷きになった人の救出活動をした。

助け出した人の中には頭が半分に割れた人、脳が出ていた人、既に亡くなっている人もいた。それでも「こんな時のために看護婦になったんだ」と気持ちを奮い立たせ救出活動にあたったという。

21年間、日本で看護婦の仕事を続け、40 歳のとき、日本に訪れた亡き日系二世の夫と出会う。米国に嫁ぐ際には兄弟から「敵国」へ嫁ぐことを問沙汰されたこともあったそうだ。

1945年の原爆投下から数週間後に行われた米世論調査によると、69%が核兵器の開発に肯定的な反応を示し「良くないこと」という意見はわずか17 %だった。原爆投下が日本の降伏、そして戦争の短縮化で米軍人の 犠牲者をとどめたとの評価が世論に反映されている。一方で戦争終結は既に明らかだった、原爆の威力を世界に示すことで、米国の戦後の支配力確立を目論んだという見解もある。

共同通信社が広島、長崎で被爆者115 人を対象に行った世論調査によると、原爆投下の是非に踏み込み謝罪することを「求めない」と回答したのが78・3%、「求める」と回答したのは15・7%だった。

田中さんはシアトル移住後、自身の原爆体験を現地学生に話す機会があった。被爆体験を聞いた生徒の反応を聞くと「やはりとてもびっくりしていました。でもきちんと聞いてくれた」と話す。

オバマ大統領は演説の中で、「いつの日か被爆者の声で証言は聞けなくなる。だが1945年8月6日朝の記憶が薄れてはいけない。その記憶が、私たちの現状肯定と戦わせてくれる」と語った。

過去は過去。犠牲者は蘇らない。だが現実を肯定してしまう前に、何度でも犠牲者、個人の体験に想像力を働かせることも必要だ。被爆者のみならず、戦争の犠牲者の声からは、田中さんと同じ普遍的な願いが聞こえてく る。「戦争をしない世の中に」――。

今回の訪問が政治的なパフォーマンスとしてではなく、核兵器による犠牲者が出ない未来に向けた現実的な前進となることを期待したい。

(大間 千奈美)

北米報知は、ワシントン州シアトルで英語及び日本語で地元シアトルの時事ニュースや日系コミュニティーの話題を発信する新聞。1902年に創刊した「北米時事 (North American Times)」を前身とし、第二次世界大戦後に強制収容から引き上げた日系アメリカ人によって「北米報知(North American Post)」として再刊された。現存する邦字新聞として北米最古の歴史を誇る。1950年以前の記事は、ワシントン大学と北米報知財団との共同プロジェクトからデジタル化され、デジタル・アーカイブとして閲覧が可能(https://content.lib.washington.edu/nikkeiweb/index.html)。