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地球からの贈りもの ~宝石物語78~

この時期になると、2年前のあの勝利を思わずにはいられない。ティファニー社のシアトル支店で展示されていたスーパーボウルリング。本当に素晴らしいリングだった。是非近いうちにまた見たいものである。

スーパーボウルリングの魔力はもちろん金銭的な意味合いよりも、やはり王者の中の王者ということなのだろう。米国人にとってのスーパーボウルの覇者。この魔力は、シーホークスのクォーターバック、ラッセル・ウィルソンをも惑わせた。

昨年の屈辱的な敗北。あの運命の一投をした瞬間、彼は頭の中で「これで2つ目のスーパーボウルリング」と思ったと、何かのインタビューで語っていた。この一言で、彼の集中力、判断がコンマ1レベルで鈍ったのを悟った。

スーパーボウルリングは、あの一投の瞬間においてはただの煩悩である。ウィルソンの頭の中によぎらなければならなかったのは、リングではなく、ボールがタッチダウンされる瞬間だったのだ。そのコンマ1レベルの判断力が、大舞台での勝敗を分けるのではないか。今思い出しても残念でならない。

スーパーボウルリングの魔力は、昨年の勝者であるトム・ブレイディも毒牙にかけたようである。昨年の勝利で通算4つのスーパーボウルリングを手にしたブレイディ。プライベートジェット内で、彼の4つのリングを身に着けた妻ではない女性の写真がインスタグラムに載り、妻であるスーパーモデルのジゼル・ブンチェンは大激怒(との噂)。離婚弁護士に相談という記事も出たが、1年経った今でもまだ別れたニュースは流れてこないので、とりあえず収まったということか。

質屋で二束三文で売っていたのが本物だったとか、色々ネタが尽きないのが面白いところである。

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ところで前回の「黄金伝説」の続きをしよう。ブルガリアから貸し出された、ヴァルチトラン遺宝とパナギュリシュテ遺宝である。

90年程前、ブルガリア北部の小さな村で畑仕事中の兄弟が掘り出し、ガラクタだと思ったが一番大きなものを豚のエサ皿として使おうと持ち帰った。豚に舐め回された容器はほぼ純金の器だった。

加えて鍋蓋や柄杓などが13点、12㌔にもなる金が使われているそうだ。装飾品ならまだしも、誰が本物の金だと思うだろうか?「猫に小判、豚に真珠」とは言うが、豚に金鍋蓋。お豚さまさまの大発見だった。

これらが紀元前14世紀後半頃の、トラキアのものだそうだ。トラキアが何なのか全く無知だったのだが、調べてみると特徴としては文字の文化を持たない、勇敢な騎馬民族なのだそうだ。

第三次奴隷戦争の指導者であるスパルタクスもトラキアの出身だとされる。今までトラキアが謎に包まれていたのは、文字を持たなかったため、あまり記録がないからだとか。文字や言葉こそ文明の始まりという感もあるので、文字を持たないということは、野蛮で発展していない印象を受ける。しかし、ヴァルチトランとパナギュリシュテ遺宝を見ると、トラキアの文明がいかに進んだものだったのかが伺える。

遺宝の中でも、私の心を鷲掴みにしたのは「鹿をかたどったリュトン」。リュトンとはワインを飲む器。簡単に言うなれば、黄金の鹿の頭の形のワイングラス。鹿の角はもとより、黒目がちな潤いのある瞳に長いまつげ、それに血管の浮き出ている様子も、それは驚くほどよく描写されている。そしてカップの飲み口はライオンが前2本足で支えているのだ。

これが紀元前4世紀に作られているとは。ディテールもそうなのだが、全体の鹿の頭の形の立体感。素晴らしいとしか言いようがないのだ。

2400年ほど前にあの器でワインを飲んでいた人がいたのだ。そして、それが今目の前にある。時空の中に身を投げたような気がした瞬間だった。

(倫子)

80年代のアメリカに憧れを抱き、18歳で渡米。読んだエッセイに感銘を受け、宝石鑑定士の資格を取得。訳あって帰国し、現在は宝石(鉱物)の知識を生かし半導体や燃料電池などの翻訳・通訳を生業としている。