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インタビュー 宇和島屋CEO デニース・モリグチさん

地元日系社会の「食」を支え続ける宇和島屋。今年2月、創業89年になるビジネスのトップに、モリグチファミリー3世代目を代表してデニース・モリグチさんが就任した。「祖父母、父親、叔母、叔父、親戚の献身や、会社の歴史に支えられています」――。日々の実感を明かす若干40歳の新CEOの目に映る宇和島屋とは。新たなチャレンジ、家族やシアトルの縁、地元コミュニティーなどについて語ってもらった。

取材・文:佐々木志峰


デニース・モリグチ

■宇和島屋CEO。シアトル出身。高校卒業後、東海岸に移りボウディンカレッジで経済、アジア研究を学び、マサチューセッツ工科大学でMBA を取得した。バイエル・ヘルスケアなどに勤めたあと、2013 年にマーケティング部長として宇和島屋へ。去年4月に社長、今年2 月にCEO に就任した。2 児の母。

2月に就任、新世代のCEOとして

2月25日にCEOに就任しました。次期CEOと認められてから時間もあり、準備も進めてきましたので気持ちも落ち着いています。もちろんCEOとしては新人ですし、まだ学んでいるところです。ただ眼前に広がる大きなチャンスに興奮しています。

近年はアジアに関する興味や注目がさらに高まっています。健康的で味も良いことから、アジアの食材も多く求められています。新しいレストランに行き、今度は自分で料理したい、また新しいソースや今までと違う調味料を試してみたいと宇和島屋に来る人も増えました。アジアの食材をさらに学びたいというお客さまに、我々も知識や商品でしっかりと応えたいと思います。

3月の愛媛フェアは大成功でした。日本人のお客さまには、こうした物産展が喜ばれます。県の名産が直接届き、懐かしい思いを持たれるのでしょう。日本人以外の方も「日本で買われている本物を手に入れる」「新しいものを試してみたい」という体験を楽しんでいるようです。物産展でのブースでの交流も大変温かみがあります。食べ物を超えた「文化の架け橋」ですね。

物産展は各県の海外進出に協力する日本政府の存在もあります。日本のものをPRすることは政府にとって価値がありますし、我々も喜んで協力したいと考えています。最近では愛媛、青森、島根といった物産展を開きましたが、各県と宇和島屋に大きなメリットとなるパートナーシップができあがっています。

新たなチャレンジ、宇和島屋の可能性

シアトル、ベルビュー両店で1年半前からアマゾン・プライムの配送サービスを開始しました。街の変化とともに客層が変わり、若い人々が宇和島屋の近くに移ってきました。ショッピングの概念も変わる中で、我々も違う形で客を取りこみたいと考えています。今後も力強く生き残るうえで、従来と異なることを試みる必要もあり、配送サービスはその一例になります。

幸い、店内の売り上げは変わっていません。配送オーダーはシアトル・ダウンタウンからも多いです。バスに乗れば近いですが、部屋のドアまで配送されるほうが便利でしょう。新しい客層に彼らの購買方法で商品を提供し、宇和島屋に興味を持って将来的に店に足を運ぶようになってもらえればと考えています。オーダーの品目は様々でラーメン、お菓子から一般食材まで幅広いです。

カイ・マーケットも楽しみですね。従来の宇和島屋に比べ、店舗サイズは8分の1から10分の1程度です。全く違う規模、コンセプトになるので宇和島屋の名前は使いません。実はグロサリーとレストランを合わせた「グロセラント(Grocerant)」といった候補もありました。カイという名前には、特別な漢字や意味合いはなく、まず呼びやすいということです。シーフードに力を入れていることから、海や貝に由来すると思われますし、アジア的でもありますが、まずは誰にでも通じるという部分が重要でした。

カイ・マーケットはまだ初期段階ですので、今後もいろいろと改善点が出てくると思いますが、我々はサウスレイクユニオン以外でも通用するコンセプトと考えています。将来的に店舗数を拡大していきたいと考えていますが、まずは1店目の運営をしっかりすることが大切。まだ新店舗のリース契約などは行っていません。

自分を見つめる、シアトルを離れた20年間

私は高校を卒業した後、シアトルを20年近く離れました。メイン州の大学に通い、ボストンの会社に就職し、ビジネススクールにも通いました。そのあとはニュージャージーとカナダのトロントです。

仕事は最初の5年は企業戦略、調査、データ収集や分析などを行う小さなコンサルティング会社で働きました。MBA修得後は、バイエル社でビタミン剤やヘルスケア商品のマーケティングを担当し、企業の成長戦略やPR、流通、販売など一連の業務経験を積みました。

シアトルは故郷ですし特別な街です。ただ個人的には、少し離れて新たな自分を見つけることも大切なことでした。コミュニティーや家族から離れ、少し自由を持って、自分でやりたいことを見つけ、就職し成果を出して昇進する。私にとって大変意義ある人生経験でした。

もちろん、いろいろな会社で働いた経験は、シアトルに戻った時に宇和島屋という会社を見るうえで役立っていると思います。

家族のそばに、2013年にシアトルへ

▲ 森口デニースさんと、父親の森口富雄さん。子供時代に宇和島を訪れた際の写真

シアトルに戻ったときは、様々なタイミングが重なりました。叔母のトモコが引退を考え、次のリーダーが必要になったこともあります。家族としては、能力があれば一族の誰かに引き継いでもらいたいという考えがありました。私もその資格があれば、ぜひこのビジネスと大きなチャンスに携わりたいと思っていました。

もう一つは、親戚に囲まれて育った私自身の経験から、生まれた娘にも同じ環境で育ってほしいという思いがありました。長女は生後6カ月でシアトルに来ました。それから毎週末、いとこや家族と時間を過ごすようになりました。

私には18人のいとこがいます。興味深いことに男性はわずか4人です。女性が多いので、男性をたてることなく平等の扱いを受けてきました。宇和島屋は女性2人がCEOになり、大変進歩的との印象を持たれていますが、家族を見渡すと自然な成り行きといえるかもしれません。

完璧な母親になるのは大変難しいことです。仕事も両立となるとなおさらです。私は夫に子育てを頼る形になっていますが、夕食をはじめ、家族との時間を作るようにしています。

子どもたちには良い人間に育ってほしい。もちろん我々の歴史や文化を知ってもらい、ルーツのありがたさも感じてもらいたい。幸い日本や中華、アジアの食べ物が好きで、餅や日本の菓子が大好物なんです。

宇和島屋で受け継がれる哲学

まず従業員、顧客を常に大切にすることです。祖父(創業者の森口富士松氏)は私が生まれる前に亡くなっていますが、従業員、顧客が助けを必要とすれば、喜んで手を差し伸べたと聞いています。夕食の席や自宅のソファには、家族以外の知人の姿が常にあり、誰でも受け入れ、世話をすることをいとわなかったそうです。彼の考えは、親族の1人1人に受け継がれてきています。

2つ目として、品質があります。我々の商品の質は常に強みとなってきました。売るもの、売り方は変わっても、常に高い品質を維持していくように心がけています。

最後はコミュニティーです。従業員、顧客ともにコミュニティーという輪の中でつながり、お互いが関わりあい、助け合うことでビジネスが保たれてきました。この3つの哲学を、宇和島屋創業の初日から変わらずに守り続けています。

祖父のことを直接は知りませんが、祖母のことはよく覚えています。とても優しく、親切でした。デリで働いていることが多かったと記憶していますが、私やいとこ、友人で行くと、すしなど食べ物を用意してくれました。我々家族をつなぐ接着剤のような人でした。

我々の伝統として、年末に店に立つのも大変良い経験になっています。オフィスに座っているだけでなく、お客様や従業員と交流し、どのような商品が買われているのか肌で知ることも必要です。何よりも我々のビジネスの成功はお客様があってこそ。とても忙しい時期ですが大切にしていきたいです。

宇和島屋の今後のため、ブランディングも続けています。食べ物を通じパン・アジアの文化を紹介する方向性になると思います。日本食は我々の強みですが、他のアジアの食べ物や商品をアジア系の顧客以外に紹介することでチャンスを広げ、客層、小売店のトレンドの移り変わりに対応しながら成長し続けたいです。

質、客、従業員を大切にする我々の哲学を軸に、新しい人々、ビジネスの期待、機会に応えていきたいと思います。

ビジネスインフォメーション
宇和島屋は、アメリカ北西部最大の日系スーパーマーケット。日本食をはじめとするアジア系食材や、日本からの雑貨なども販売している。創業は1928年。愛媛県出身の森口富士松氏が、タコマで日系人労働者に向けて豆腐やカマボコなどをトラックの荷台に積んで売るようになったのが始まり。現在では、インターナショナルディストリクトにあるシアトル本店に加え、ベルビュー、レントン、オレゴン州のビーバートンにも店舗を構える。今年夏には、レイクユニオンに、新ブランドの小型食品店「カイ・マーケット」もオープンする。スーパーマーケット経営に加え、インターナショナルディストリクト内の不動産開発も行う。UWAJIMAYA
シアトル店:600 5th Avenue South, Seattle, WA
ベルビュー店:699 120th Avenue NE, Bellevue, WA
レントン店:501 South Grady Way, Renton, WA
ビーバートン店:10500 SW Beaverton-Hillsdale HWY, Beaverton, OR
詳細: www.uwajimaya.com
オレゴン大学でジャーナリズムを学んだ後、2005年に北米報知入社。2010年から2017年にかけて北米報知編集長を務める。現在も北米報知へ「一石」執筆を続ける。