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武道館道場が50周年を祝う

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武道館道場が50周年を祝う
創設メンバーの一人である寺田実生(アルビン・テラダ)さんは、現在も武道館道場のボードメンバーを務め、光子夫人と共に道場運営に深く関わってきた。柔道の総本山として知られる講道館を代表する女子柔道の師範としてアメリカへ渡った光子夫人は、武道館道場で実生さんに出会った。実生さんは、戦時下に日系人強制収容キャンプで生まれた日系二世だが、幼少期から16 歳までを熊本で過ごしている。現在は、長男のカルビンさん、次男のマービンさん、娘婿のトリーさんなどが武道館で師範を務めるなど、寺田家は世代をこえて武道館道場に関わり続けている。写真は、10 月13日に開催された50 周年式典に集まった3 世代にわたる寺田ファミリー。孫世代は生徒として柔道に通っている
シアトル日系コミュニティーに刻んだ歴史

武道館道場の創立は1968年に遡る。現在はワシントン州日本文化会館(JCCCW)のシアトル日本語学校第2ビル内で活動する同道場。創立当時は、まだ日本町の名残りが多くみられたメイン・ストリートと3番アベニューが交差する辺りに稽古場を借りて活動していた。創設者は、ジョージ・ベップ氏、ジョージ・ブラックリー氏、アラン・フジイ氏、ルイス・ガイザー氏、フランク・コブキ氏、ユキヤ・ニノミヤ氏、デーブ・シェラン市、ヒロ・タカハシ氏、アルビン・テラダ(寺田実生)氏、トシ・ヤマモト氏の10名。生徒数30人で始まった道場は、翌年には生徒数も師範数も倍増。1969年2月には、初のトーナメント大会をシアトル別院仏教会の現ジム場で開催し、州内外から多くの道場を招いた。当時のパンフレットには、スポンサーとして宇和島屋や北米報知も名を連ねている。

その後も、シアトルの日系コミュニティーに根差す柔道道場として、生徒数を増やしていった。1980年には、稽古場があったビルの改築工事で一時的に活動休止。しかし1982年には、廃校したウォーリングフォードにあるリンカーン高校校舎内で稽古を再開した。

1987年のシアトル日本語学校ビル改築当時の写真(写真・情報提供:武道館道場 budokanjudoseattle.org)

更なる転機は1987年。現在の稽古場があるシアトル日本語学校第2ビルへの移転だ。現在はワシントン州日本文化会館の元で整備されている同ビルだが、当時は非常に荒廃した状態で、シアトル市消防局からの使用許可がなかなか取れない程であった。戦前はシアトル日本語学校として多くの子どもたちが学んだ校舎は、第二次世界大戦直後には、強制収容キャンプから帰還した日系人の一時受け入れ宿舎として利用されていた。帰る家を失っていた日系人たちが1950年代後半までそこに暮らしており、武道
館道場の稽古場をつくるために30年振りに扉を開けられたビルからは、生活していた人々の思い出の品々が見つけ出された。それらは、ワシントン州日本文化会館内で「ハント・ホテル・プロジェクト」として展示されている。

50周年を祝う式典は、10月13日、ワシントン州日本文化会館内の稽古場で開催。生徒、師範、その家族、また創立関係者などを含める約200名が集まる賑やかな会場では、昼食レセプション、そして現校長のジョン・スキャドラー氏司会の式典プログラムが行われた。創設者紹介、武道館道場の新ロゴ発表のほか、ワシントン州日本文化会館代表のローリー・マツカワも挨拶した。最後には、創立者の一人である寺田実生(アルビン・テラダ)氏から引き継いで道場運営を担っているカルビン・テラダ氏から、保護者ボランティアやスタッフへお礼の品が贈呈。シアトルの日系コミュニティーに根差して歩んできた武道館道場の歴史が垣間見れる式典であった。

(室橋美佐)

■武道館道場ウェブサイト budokanjudoseattle.org