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地球からの贈り物 ~宝石物語77~

黄金伝説

あっという間にまた新しい年が来た。今年は申年、うちの次女は年女である。一年が早いと思うが、気づけば12年もまたあっという間だった。皆さま本年もよろしくお願いいたします。

折角の新年なので、景気が良くなるような話を。東京上野の国立西洋美術館での展覧会、その名も「黄金伝説」。サブタイトルがまた凄く、「黄金を愛した権力者たちも これだけの傑作は目にできなかった」――。こんなことを言われて、どうして見ずにはいられよう。

中に入ると、まず出迎えるのはギリシャ神話に登場する秘宝の一つ「金の羊毛」を題材にした絵画や美術品。金細工をいきなり見せずに、じらし作戦である。一瞬がっかりしたのだが、それを吹き飛ばす圧倒的存在感。モロー作でパリのオルセー美術館から貸し出された「イアソン」という絵画は2㍍強あり、描かれる人物はほぼ等身大の大迫力。ブロンドに陶器のような肌。一瞬男女の区別がつかないのだが、よくよく見ると右が男性で後ろにいるのが女性だとわかる。

展覧会をきっかけに「金の羊毛」について色々調べてみると面白い。さすがギリシャ神話。金の羊毛とイアソンの神話は、言うなれば「かぐや姫」と「源氏物語の六条の御息所」と「番町皿屋敷」のコラボレーションといったところか。

ざっくり説明すると、王位がほしければ、金の羊毛を持ってくるように命を受けたイアソン(かぐや姫的)。イアソンに恋をした、王の娘であるメディアの力を借りて金の羊毛を手に入れるが、結局はメディアのせいで王になれずにその土地を去ることになる。別の土地でその地の王の娘との縁談にのって、メディアの怒りをかい、新婦は結婚衣装を着たまま焼死することになる。

かなり端折っての説明だが、メディアの恋する男への執念は、自分の弟を切り刻んで海に捨てるとか、自分とイアソンとの間にできた子までも殺してしまうとか、何しろすさまじい。生霊となって呪い殺す六条の御息所も、女の執念では負けていないが。

モローの「イアソン」に描かれるメディアは、金の羊毛を手に入れる場面なので(イアソンの不貞の前)煮えたぎるような怨念や凄みは見て取れない。しかし、伏せた視線に感じる狂気は、その後の悲劇を予感させるのである。

「金の羊毛」の話でここまで引っぱってしまったが、黄金伝説展の序章としては大満足である。

◇ ◇ ◇

序章を終え、いよいよ伝説。6千年の過去にさかのぼる。ヴァルナ銅石器時代墓地第43 号墓。骸骨の模型が配され、その周りに出土した時と同じ状態で、金細工の副葬品が置かれている。確かに金の量もすごい。もちろんそれなりの地位の人間だったのだろうが、それにしても死んだ人への副葬品にこれだけの金。そして金細工があまりにもバラエティーに富んでいる事にも驚かされる。

金のビーズを繋げた首飾りや腕輪に指輪。もちろん武器のような物も、柄が金の筒形飾りでできている。金の飾りびょうが守るように骨の周りに点々と配されている。

そして特筆すべきは、男根を表す円筒形飾り金具。一瞬太めの指サックに見えたのだが、よく見ると何を象徴しているのか分かってきた。これだけの装飾品を携えても、一番肝心な物を忘れては、あの世でも楽しめないということか。

古今東西、男性というのはとても分かりやすい。6千年の時を越えて笑ってしまう。金の表面は、今でいう「マット加工」という感じで、ピッカピカというよりは少し抑えた印象。これだけきれいな状態だと、6千年前と言われたところでまるでピンと来ない。本当に信じ難い程に、黄金なのだ。

でもよく考えてみると、少しかわいそうかも。せっかく6 千年もの間独り占めにしていたのに、もはやそうもいかない。世界中で見世物にされ、あの世でも落ち着かないかもしれない。彼が気にするのは金細工の男根だけかもしれないが。

黄金展の続きはまた次回へ。

(倫子)

80年代のアメリカに憧れを抱き、18歳で渡米。読んだエッセイに感銘を受け、宝石鑑定士の資格を取得。訳あって帰国し、現在は宝石(鉱物)の知識を生かし半導体や燃料電池などの翻訳・通訳を生業としている。