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ランドスケープ・アーキテクト 鈴木マキエさん

都市空間をデザインするランドスケープ・アーキテクトとして、シアトルを拠点に世界で活躍する鈴木マキエさんに、仕事に就くきっかけや最近のプロジェクトなどについて話を聞きました。

取材・文:室橋美佐 

天職との出合い

「ランドスケープ・アーキテクトって、『そんな仕事があるんだ』って発見してから就く職業なんですよね」。そう語るのは、グスタフソン・ガスリー・ニコル(以下GGN)でシニア・アソシエイトを務める鈴木マキエさんだ。建築物をデザインする一般的なアーキテクトに対して、屋外空間をデザインするのがランドスケープ・アーキテクト。そのスケールは庭園設計の域に収まらず、複合ビル施設の公共空間、そして街・地域全体の景観にまで広がる。「それぞれの場所が持つ歴史と文化、起伏や河川などの地形、天候、生態系、そして完成後にその場所を使う人々のライフスタイル、あらゆる側面を考察するところからプロジェクトが始まります」

マキエさんがランドスケープ・アーキテクトのキャリアへ近づき始めたのは、大学卒業の頃。2000年、オレゴン州セーラムにあるウィラメット大学で社会学とスタジオ・アートを専攻していたマキエさんは、非営利団体のポートランド・インスティテュート・フォー・コンテンポラリー・アート(以下PICA)でインターンシップをした。PICAは当時、ポートラ ンドのダウンタウン北部に位置するパール・ディストリクトで、アートを活用したコミュニティー再活性化プロジェクトを進めていた。PICAのサポートで少しずつオシャレなギャラリーやカフェが並ぶようになり、荒廃した倉庫街に過ぎなかったパール・ディストリクトが、ついにはアートの街として再生を果たす。その変化を目の当たりにしたマキエさんは、空間デザインで人々の生活をより豊かにしていく仕事に興味を抱いた。大学で写真や陶芸などアートに親しんでいた一方で、社会問題や環境問題にも関心を持ち続けていたマキエさんに、ふっと天職につながる出合いが舞い降りたのだ。

「ブロック・ハウス」プロジェクトを始めたレックス・ホールバイン氏と(写真:Gustafson Guthrie Nichol)

大学卒業後はサンフランシスコへ移り、公園を利用して街のコミュニティーを活性化する非営利団体に勤務した。「シティー・プランナー(都市計画家)になろうと思って大学院進学を考えたときに、たまたまキャリア・イベントでランドスケープ・アーキテクトという仕事を知ったんです。プロジェクトごとに結果が出るランドスケープ・アーキテクトのほうが自分に向いていると思いました」。2006年に、ワシントン大学でランドスケープ・アーキテクチャー修士を取得。大手ランドスケープ・アーキテクト事務所勤務や大学での教職を経て、2012年からGGNで働く。「さまざまなプロジェクトに携われるので、飽きることがありません。新しいプロジェクトではこれまでの知識や経験をリセットし、全て一からの作業。究められないからこそ、楽しいんです」

街に溶け込む深みのある空間をつくりたい

これまで、シドニーのバランガルーからヨルダンの死海沿岸まで、多様な開発プロジェクトに関わってきたマキエさん。直近のプロジェクトは、シアトル・ダウンタウンでのレニア・スクエア建設だ。ワシントン大学が所有する一画が、既存のレニア・タワーだけを残して再開発される。レニア・タワーは、University St.に面した、下部が逆三角形の特徴的なビル。シアトル出身の日系2世でニューヨーク世界貿易センタービル設計者としても有名なヤマサキ・ミノル氏のデザインで、1977年に建設された。そのタワーの横に、オフィス、マンション、ホテル、店舗スペースを含む58階建ての複合ビルがレニア・スクエアとして2020年に完成予定だ。オフィス・スペースはアマゾンのリースが決まっている。建物の設計はシアトル拠点のNBBJが請けているが、屋外スペースはGGNが設計デザインをしていて、マキエさんがプロジェクト・マネジャーを務める。

「レニア・スクエア周辺は、レニア・タワーも含めて、いろいろな時代のアーキテクトが生み出してきた作品が集中しているエリア。一般の人もアクセスできるデッキスペースやホテルの屋上から、そんな街の歴史を見渡す都会ならではの景色を楽しめる空間にしたい」と、プロジェクトのビジョンを語るマキエさん。「街の風景の中に溶け込みつつ、歴史、自然、アート、使い心地、何重ものレイヤーが重なる深みのある空間をつくっていくのが面白いんです」と、ランドスケープ・アーキテクトとしての醍醐味を教えてくれた。

GGNが非営利プロジェクトとして携わっている「ブロック・ハウス」も興味深い。それは、一般家庭の裏庭に小さな家を建てて、ホームレスへ提供するというものだ。シアトル出身アーキテクトのレックス・ホールバイン氏が、ホームレスネス撲滅と路上生活者への偏見を拭おうと2017年から始めた活動で、GGNを含む多くの地元企業が協力をしている。

「6畳ほどの小さな家ながら、屋上の太陽光パネルで電源を確保し、貯水した雨水を使うシャワー室、下水を使わずに汚物を処理するバイオトイレ、小さなキッチンと就寝スペースを備えた『ブロック・ハウス』は、環境に優しい家屋という面でも画期的です」と、マキエさんは説明する。路上生活者はそこに暮らし、裏庭スペースを提供する家庭や近隣コミュニティーと接しながら社会復帰を目指すことができる。アメリカでは、多くの都市で一戸建て住宅区での矮小住宅の増築が禁じられているのだが、その規制をシアトル市が数年前から緩和し始めたこともプロジェクトの実現につながった。ホームレス・シェルターとは全く異なる新しいアプローチとして注目される。マキエさんは、「こうした社会貢献につながるプロジェクトにこれからもっと参加できれば」と話す。

ひとりではできない、 多くの人が関わる街づくり

ダウンタウンではお気に入りの折り畳み自転車で移動するマキエさ ん。「シアトルの起伏ある街並みが好き」だという(写真:Gustafson Guthrie Nichol)

ランドスケープ・アーキテクトの仕事は、建設地の地形や社会的バックグラウンドを調べるサイト・アナリシス、デザイン・リードが出す大きなビジョンを具体的なデザインに落とし込むデザイン・スタディ、そしてデザインを図面やパース(完成予想図)にして委託者・工事業者など関係者へ伝えていくプロダクションと呼ばれる工程に大まかに分かれるのだという。「決して一本線のプロセスではないです。プロダクションでパースにすることが自分たちへのフィードバックになるので、見直してデザイン・スタディに戻るなど、試行錯誤を重ねながら進んでいきます」。工程ごとに担当者を固定する事務所もあるが、GGNでは各プロジェクトで3名から5名ほどのチームを組み、メンバー全員が全工程に関わりながらプロジェクトを進める。「人によって得手不得手があって、ひとつのことがすごく上手な人もいれば、何かに飛びぬけて長けているわけではないけれど全体的にそつなくこなせる人もいます。なので、プロジェクトやチームメンバーの構成によって誰が何をするのかも柔軟に変えていきます」と、マキエさん。最近ではプロジェクト・マネジャーとしてチームのまとめ役をすることが多い。「決してひとりでできる仕事ではなくて、いつでも協力が大事。社内のチームもそうですし、何かプロジェクトが立ち上がれば、そこに不動産業者、構造エンジニア、工事現場に立つ人たち、いろいろな人たちが関わります。そして最終的には、施設を使う人たちが、街をつくっていく大きなチームの一部になってプロジェクトを完成させていく。誰もかかせない。これからも、その大きなチームの一部として、いいものをつくり続けていきたいですね」

マキエさんの出身地は名古屋。「逆上がりができるようになるまで家に帰らず母を心配させたこともあります」と、負けず嫌いだった子ども時代を振り返る。高校生の頃から海外へ出て「大きな世界で学びたい」と考えるようになり、 一度は日本の大学に入学するも3年生のときにウィラメッ ト大学へ編入した。天職を手にして、多忙ながらも生き生 きと活躍するマキエさん。休暇があればアウトドアを楽し む。「自然に恵まれたシアトルでは、ピュージェット湾のき れいな海岸部からレニア山など山岳地帯、そして東へ行け ば壮大な砂漠地帯の風景まで楽しめます」と、仕事以外でも探求心は尽きない。これから機会があれば、日本でのプロジェクトにも参加していきたいという。「ランドスケープ・アーキテクトという仕事は、建築家と比べ一般的に認知度が低い職業。特に日本ではアメリカと比べてまだまだ確立されていない分野だと思います。この仕事についてもっといろいろな人に知ってもらえたらうれしいです」。常に新しい発見を追うマキエさんの世界は、まだまだ広がりを見せそうだ。

鈴木マキエ■ランドスケープ・アーキテクト。ワシントン大学でランドスケープ・アーキテクチャー修士を取得後、ササキ・アソシエイツやバージニア大学で働き、2012年からグスタフソン・ガスリー・ニコルで勤務。これまで関わったプロジェクトは、ブラウン大学リサーチセンターのキャンパス・デザインや、ヨルダンの死海沿岸部マスター・プランなど。

 

グスタフソン・ガスリー・ニコル社┃Gustafson Guthrie Nichol
国際的な賞にも輝く、世界の開発プロジェクトをリードするランドスケープアーキテクト集団。女性ランドスケープアーキテクトのジェニファー・ガスリーさん、シャノン・ニコールさん、キャサリン・グスタフソンさんが1999年にシアトルで創立。ワシントンD.C.とシアトルのスタジオを拠点に、世界の各都市でプロジェクトを請ける。2017年にはナショナル・ランドスケープ・アーキテクチャー・ファーム・アワード受賞。代表作品は、ワシントンD.C.シティーセンターや、国立アフリカン・アメリカン歴史文化博物館など。マキエさん以外にも、日本人ランドスケープ・デザイナーのドノバン篠原千尋さんと堤雄一郎さんが活躍する。(写真:Gustafson Guthrie Nichol)

ベルビューで スプリング・ディストリクトが完成間近

ベルビューの再開発地区、スプリング・ディストリクトのイメージ。このマスター・プランもGGNが手がける。(イメージ:Gustafson Guthrie Nichol)

マキエさんは、地区内に開校した大学院、グローバル・イノベーション・ エクスチェンジ(GIX)のキャンパス・プラザ設計を中心に携 わった。GIXは、マイクロソフト社出資の元でワシントン大学と北京にある清華大学が共同運営するテクノロジー分野専門の大学院として注目されている(写真:Gustafson Guthrie Nichol)
室橋美佐
北米報知社ゼネラル・マネジャー兼北米報知編集長。上智大学経済学部卒業後、ハイテク関連企業の国際マーケティング職を経て2005年からシアトル在住。2016年にワシントン大学都市計画修士を取得し、2017年から現職。シアトルの都市問題や日系・アジア系アメリカ人コミュニティーの話題を中心に執筆。