By 小阪裕司
「「+サービス」で無限の価値を」
今回は、あるバーの店主からの報告をご紹介しよう。私が20年以上主宰するワクワク系マーケティング実践会(このコラムでお伝えしている商売の理論と実践手法を実践する企業とビジネスパーソンの会)会員の、本格ウイスキーが売り物のバーからのものだ。
今、ウイスキーは世界中で品薄状態が続いている。取り合いになっているのだ。結果、バーから見れば仕入れ原価はどんどん上がる。となれば、当然売価に反映させるしかないのだが、これがそう単純ではない。店主はこう言う。「ウイスキーの中身はもちろん変わりません。つまり、お客様に仕入れ値が上がったことに伴う値上げをするということは、お客様が受け取る価値は変わらず、価格だけが上がるという直接的な値上げになってしまう。これは非常に良くないのではないか」。
そこで彼は、自店が提供できる価値を見直すことにした。そしてその際、次のような考え方を基にした。「『仕入れ価格は原価の一部』と考えて、『サービス』が足し算されて定価と言うものが決定される。この『+サービス』の部分はある意味店側が決定出来る要素で、仕入れ原価から切り離して考える事ができる重要な部分」。そして具体的にその「+サービス」を変えることによって、価格を上げることが可能か実行してみた。
そのカギは「グラス」だ。ウイスキーにしてもカクテルにしても、必ずグラスは使う。同店はオーセンティックバーゆえ、これまでもグラスには気を使って来たが、ここでさらに高級なグラスで提供することで、中身は同じでも「+サービス」で価値を上げ、価格に反映させることは可能だ、と考えたのだ。
しかし、グラスをより高級に変えたといっても、すべてのお客さんがグラスに興味があるわけではない。「そこは根気よく価値を伝え教えることがとても重要」と店主は言うが、かといって単純に「今のロックグラスはバカラですよ」と言うのも違う。
そこで、たとえば彼はこう言うのだ。「飲んでいるグラスを真上から覗いて下さい。ウイスキーの万華鏡が見えますよ」。
「この一瞬の体験は強く印象に残るようで、お客様の反応は凄く良い」と店主。同店ではこのように、さまざまな「+サービス」で価値向上を行い、お客さんの好評を得ながら、スムーズな値上げに成功している。
「+サービス」を含めて定価だという考え方は秀逸だ。それならば価値は無限に作ることができ、価格にも縛られない。そして彼のように常に「考える」ことで、打つべき手は生み出されてくるのである。