ワクワク系マーケティング実践会(本コラムでお伝えしている、商売の理論と実践手法を実践する企業とビジネスパーソンの会)会員の、ある治療院からのご報告。開業して25年、ベッド1台の小さな、店主いわく「隠れ家的」なお店だ。
同店の暖房は今どき珍しくなった石油ストーブ。しかも上にやかんを乗せられる昔懐かしいタイプだ。初めて来院する方はみなさん懐かしがって「おばあちゃんの家に来たみたいな感じ。なんだか安心する」とよく言われ、雰囲気作りにも役立っているとのこと。
ある寒い日のこと、よくご利用いただくお客さんが来院した。いつもは明朗快活なこの方だが、この日はなんだか元気がない。施術のために仰向けになっていただくと思わず涙が…。聞くと、ここのところいろいろあって…、とのこと。施術していくうちにゆったりされてきたものの、何かぐっと一押し心を温めることができないかと考えていると、自家栽培のさつまいものことが思い出された。それをストーブの上で焼き芋にしておき、帰りにお渡しし、少しでも心温かくなってもらおうと。
施術が終わり、帰り支度をすませたその方に焼き芋を手渡すと、とても嬉しそう。お帰りになった後に、丁寧なお礼のメールまでいただいた。
そこで店主はピンときた。「あ! これって商売にしてもいいかも!焚火の周りに人が集まるみたいに」。そこで、焼き芋を販売することにした。来院した際、ご希望の方にはさつまいもをストーブの上に乗せておき、お帰りの際にホクホクになった焼き芋を持って帰ってもらうというやり方だ。告知に大きなPOP(店頭販促物)を作成。そこに大きく「さつまいも、ストーブに乗せる? 帰るころにはホクホクよ」と書き、掲示した。
そうして始めたところ、これが大好評。初日から「なに? これ!」との質問に答えると「アハハ! ひとつお願いね」のご注文。普段あまりPOP類を見ない93歳のおじいさんも「お宅のお芋焼いて売ってるの?面白いね」とお買い上げ。その後はすっかり名物になったとのことだ。
この焼き芋のアイデアは秀逸だ。それも、昔懐かしいストーブが活きて、お客さんにとって一層心温かい体験となる。そして、この一連のエピソードからそれ以上に思うことは、人にとってこういう場所は、欠くべからざるものだということだ。人の心を温めることをいつも考えている店主による、心温まる場所。その一軒一軒はささやかかもしれないが、一層暗さを増している現代社会の中で、それらはなくなってはならない存在なのである。