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第58回 客を育てる

先日、ワクワク系マーケティング実践会(このコラムでお伝えしている商売の理論と実践手法を実践する企業とビジネスパーソンの会)会員の、ある旅行社のWEBメディア責任者からご報告をいただいた。彼がこの2年間にわたって推進してきた、WEBメディアの成果についてだ。

彼によれば、巷にあふれる旅行の販促広告は、「今すぐ客」を相手にしている。旅行を探している、行きたいところが決まっている、他社と比較している、そんな顧客を競合他社間で奪い合っているのが現状だ。しかし、旅行業の将来を考えると、それだけでなく、旅行にいつかは行きたいが時期や場所はあいまいな「そのうち客」や、日ごろは旅行に行きたいと思っていない「まだまだ客」など、幅広い層まで見据えた情報発信を行い、動機づけを行っていくことが必要なのだという。しかし現実的には、広告の費用対効果が優先され、いきおい目先の「今すぐ客」向けとなってしまう。

そこで彼のWEBサイト記事では、「今すぐ客」に旅行商品を売り込むことはせず、「こんないい所があるよ」「行ってみたら楽しかったよ」という口コミ情報をコツコツと発信していき、「まだまだ客」から「そのうち客」へ、更には「今すぐ客」へと育成していくことを目的にした。セールス一辺倒の情報ではないため、情報収集や比較検討している顧客層の背中を押す役割を持たせることに重点を置いた。そのため内容も、①ユーザーのためになる情報、②ユーザーが求めていると思われる情報、③旅行パンフレットや広告にあるようなセールストークではなく、ライターが自分自身で見て聞いて感じた生の本当の情報、に徹底し、コツコツと発信し続けた。

そうして2年が経ち、成果は現れた。当初目標としていた「設立後3年で、月間訪問者数50万人」は、3年を待たず、月間訪問者数130万人を超え、このなかから直近では月間約150名の新規利用客も獲得できるようになり、予想以上の成果となったのだった。

客を育てる。それは商いにおいて大切な取り組みだ。昨今では短期の成果、目先の費用対効果が優先されがちだが、長い目で見ればそれは商いの寿命を縮めているかもしれない。そのようなことが業界全体で横行すると、業界そのものの存亡にも関わる。その結果、「〇〇離れ」の言葉でよく語られるように、お客さんが離れてしまうかもしれない。「〇〇離れ」とは結果であり、原因ではない。その原因の多くは、目先の「今すぐ客」だけを見て、客を奪い合い、客を育てることに目を向けなかったことにあるだろう。そうならないためには今回の報告者のような、ユーザー目線の地道な活動が不可欠だ。商いというものを、常に長い目で見ておきたいものである。

小阪 裕司
山口大学人文学部卒業後、大手小売業、広告代理店を経て、1992年オラクルひと・しくみ研究所を設立。「人の心と行動の科学」を基にした独自のビジネス理論を研究・開発し、2000年からは、その実践企業の会を主宰。現在、全都道府県および北米から千数百社が集う。