先日、このコラムでお伝えしている商売の考え方・やり方を学んでいるペットショップの店主や店長に講演でのゲストスピーチをお願いする機会があったのだが、そこで印象深い話があった。
スピーチ内容は実践報告と言えるもので、主に売り上げ増や顧客増に関する取り組みだ。それまで売れていなかった商品が十倍以上売れるようになった例や、犬のブリーディングでは、それまで手塩にかけた子たちを仕方なく値引きしていたものを、正当な価格で売れるようになり、遠方からもお客さんが来るようになった例などが語られた。
顧客増に関しては、顧客との絆作りの取り組みが目立った。例えばスタッフの顔写真と共に特技や趣味などの項目が並ぶ自己紹介ボードを作成し、店頭に掲示する。これによりお客さんとの会話が弾むようになり、それまで「店員さん」と呼ばれていたものが名前で呼ばれるようになった例など、様々な絆作りの成果が語られた。
このような一連の実践を経て各店業績は好調に推移している。ただ、それらの店主や店長が業績以上に強調した成果が印象深かった。それは、「スタッフがやめなくなりました」というものだ。なぜかと私が問うと、その答えも皆同様だった。「仕事が楽しくなったから」。離職率が高いと言われるこの業界で、どんな変化が起こったのか。
例えば売り上げ増の取り組みに関連してある店主は、自分たちで考え行ったことで、実際にお客さんの行動に変化が起き、商品が売れ始めることで、皆やること自体が楽しくなってきて、率先してやるようになったという。今では新しいアイデアがスタッフから次々出てくるのだと。
また、顧客増に関しては、例えばスタッフの自己紹介ボードを通じ、お客さんから名前で呼ばれ、会話が弾むようになることで、仕事がどんどん楽しくなってくるのだと、全員が語る。ボードへの顔写真の掲示を拒んでいたスタッフも、次々と新しい写真を持ってきて貼り、より自分について語るようになるとのことだ。
実践を通じ、クレームが激減したことを強調する店長もあった。売りたいが、クレームが恐くて売りたくないという葛藤に悩まされていた彼だが、激減したことで解放され、仕事で遊べる感覚も戻ってきたと語る。この店では、今では犬猫の展示スペースにその子らを世話するスタッフの写真も並び、親身に世話をしているからこそ語れる各犬猫の詳しい性格も書かれているが、これがまたお客さんに大好評なのだそうだ。
仕事が楽しくなる――ここでお伝えしている商売の考え方・やり方を実践している会社から、長年に渡り、実に多く聞かれる言葉がこれだ。もちろんスタッフだけでなく、店長も経営者もそうなる。そして特筆すべきは、そう言うすべての会社が、以前と同じ仕事なのであるということだ。そのカギは何なのか。それを今回の彼らの報告から感じ取っていただければ幸いである。
(小阪 裕司)
筆者プロフィール:
山口大学人文学部卒業(美学専攻)後、大手小売業、広告代理店を経て、1992年オラクルひと・しくみ研究所を設立。人の「感性」と「行動」を」軸にした独自のビジネスマネジメント理論を研究・開発し、2000 年からは、その実践企業の会主宰。現在、全都道府県および北米から千数百社が集う。
近年は研究にも注力し、工学院大学大学院博士後期課程修了。学術研究と現場実践を合わせ持った独自の活動は、多方面から高い評価を得ている。
「日経М J 」(Nikkei Marketing Journal・日本経済新聞社発行)での460回を超える人気コラム「招客招福の法則」をはじめ、連載・執筆多数。著書は、新書・文庫化・海外出版含め39 冊。
九州大学客員教授、静岡大学客員教授、中部大学客員教授、日本感性工学会理事。詳細はwww.kosakayuji. co