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201 6 年6月刊行から

日本では毎月100冊以上の新書が出版されている。「教養」から「時事」、「実用」まで多種多彩な新書群を概観することは、日本の最新事情を知ることでもある。日本で唯一の新書のデータベース「新書マップ」と連携したウェブマガジン「風」に連載の新刊新書レビューを毎月紙で紹介する。

見逃せないアメリカ大統領選の宗教票

トランプとヒラリー、最後に勝つのはどちらになるか。2016年アメリカ大統領選挙の動向に、世界中の注目が集まっている。

『熱狂する「神の国」アメリカ/大統領とキリスト教』(松本佐保著、文春新書)(写真)は、バチカンの歴史や政治・宗教・外交を専門にしてきた著者が、歴代のアメリカ大統領のキリスト教信仰(プロテスタントかカトリックか、プロテスタントならばその宗派)が、その政治や外交にどう反映したか、多大な影響力を持つ宗教票が大統領選出にどう影響を及ぼしたかを考察している。トランプとヒラリーが握る宗教票の分析もある。

アメリカの宗教地図を理解するために必要な宗派ごとの支持政党を解説し、これまで見落とされがちだった宗教右派を構成する重要な勢力であり、現在「最大の浮動票」と呼ばれるアメリカのカトリックに注目している。また、人口の2%以下という少数派でありながら、アメリカ政治や外交に大きな影響力をもつというユダヤ教徒についてもふれている。

アメリカのユダヤ教徒といえば、政財界に強く働きかけるイスラエル・ロビーの存在がよく知られている。『ユダヤとアメリカ/揺れ動くイスラエル・ロビー』(立山良司著、中公新書)は、これまで「特別な関係」といわれる強い結束力と豊かな資金の力で政府や世論に多大な影響力を見せてきたイスラエル・ロビーの「変化」に着目する。

従来、明らかにイスラエル寄りの政策をとってきたアメリカだが、近年では若年層を中心に「イスラエル絶対支持」という政策に疑問をもつ人が増えてきている。過去20年ほどの間に右傾化を強めているイスラエルのユダヤ社会と、そうしたイスラエルに批判的な態度をとる、マイノリティであるアメリカのユダヤ社会の間に深刻な亀裂が生じつつある。イスラエル政治に詳しい著者が、イスラエル・ロビーの内部に起きつつある変化、さらに二つの国のユダヤ社会に生じてきた重大な変化を分析し、大統領選をも左右する彼らの動きに迫る。

『移民大国アメリカ』(西山隆行著、ちくま新書)(写真)は、トランプがなぜ共和党の大統領候補者の中で最も支持を得るようになったのか、その背景にあるアメリカの不法移民問題に迫る。建国以来、移民の国としての誇りを持ち続けてきたアメリカに、今何が起きているのか。中東政策に大きな影響を及ぼしているユダヤ系ロビーのほか、キューバ系、メキシコ系から日系、中国系まで、アメリカ政治にさまざまな影響を与えているエスニック・ロビイングの実態を紹介している。

『アメリカの大問題/百年に一度の転換点に立つ大国』(高岡望著、PHP新書)は、元外交官の著者が、ヒューストン総領事官の経験から現地で見聞した「テキサスが分かればアメリカがわかる」という持論をもとに、現在アメリカが直面する「格差と移民の問題」「国内の銃規制と国外の武力の行使に関する問題」「エネルギー問題」の三つの大問題について論じている。

産学協同から軍学共同へ

『科学者と戦争』(池内了著、岩波新書)は、軍(防衛省・自衛隊)と学(大学・研究機関)との間の共同研究(軍学共同)の実態について明らかにし、将来への強い警告を発している。第二次世界大戦中に戦争のための科学研究に加担したことを、戦後間もなく科学者たちは深く反省し、日本では軍事研究を行わないと長きに渡り誓ってきた。しかし、近年になって、軍と学が急速に接近している様子が明らかになっている。軍学共同の口実、あるいは正当化しようとするために用いられるのが、「科学成果は平和目的(民生利用)のためにも戦争目的(軍事利用)のためにも両義的(デュアル)に使われる」という「デュアルユース」という言葉の危うさを指摘する。

『戦後補償裁判/民間人たちの終わらない「戦争」』(栗原俊雄著、NHK出版新書)(写真)は、元軍人・軍属とその家族に対して国が年金や慰問金給付などの補償をしておきながら、同じような被害を受けた多くの民間人に対して、そうした保障を行わな
かったという「不平等」「差別」の実態に切り込んでいく。

『兵隊になった沢村栄治/戦時下職業野球連盟の偽装工作』(山際康之著、ちくま新書)は、三度の出征の後戦死した職業野球選手、沢村栄治の生涯を追う。戦争に翻弄された職業野球選手たちや、軍に抑圧されながらも沢村の悲劇を繰り返さぬよう、選手たちを守ろうと努力を重ねた当時の野球連盟について、資料を綿密に分析して再現している。

『「18歳選挙権」で社会はどう変わるか』(林大介著、集英社新書)、『国家を考えてみよう』(橋本治著、ちくまプリマー新書)(写真)、『投票に行きたくなる国会の話』(政野淳子著、ちくまプリマー新書)、『残念な政治家を選ばない技術/「選挙リテラシー」入門』(松田馨著、光文社新書)等、今夏の参院選からの「18歳選挙権」導入のタイミングにあわせたのだろう、若者が「選挙制度」「政治」を身近なものとして考えるための新書が続々と出ている。若者に限らず、大人こそ今読むべきテーマではないだろうか。

「子どもに迷惑をかけたくない」という親心の呪縛

家族の介護に疲れ、将来を悲観するあまり親族による殺人や心中事件が後をたたない。介護を理由とした殺人事件は過去17年間で672件も起きているという。殺人にまでいたらずとも、多くの人々が介護に人生を費やし、その犠牲となっている。介護による悲劇をこれ以上増やさないためには、「親を捨てるしかない」と過激な提言をするのが、『もう親を捨てるしかない/介護・葬式・遺産は、要らない』(島田裕巳著、幻冬舎新書)。同居しながら世帯を分けるなど、「親を捨てる」ことで介護殺人を回避し、共倒れを防ぐための具体的な方法も提案している。

親を捨てろ、という提言は親不孝にも思える発想だが、「親を殺す」「子を殺人者にする」よりよっぽどマシ、と著者はうったえる。「高齢者を施設に入れるのはかわいそう」「終末期は在宅介護で、家族で看取るのが幸せ」という理想論では、介護をめぐる厳しい現実は乗り越えられないことを教えている。

地図を見る、といえばスマホで目的地とルートを「検索する」「ググる」という使い方がほとんど、という人は多いのではないか。『グーグルマップの社会学/ググられる地図の正体』(松岡慧祐著、光文社新書)の著者は社会学の研究者。グーグルマップの登場で、「地図」という存在がいかに変化してきたのか。グーグルマップが浸透した私たちの日常生活、都市空間、背後にある社会・文化・メディアの状況なども含め、広く分析していく。検索やナビ機能(GPS)を使っていると地図を主体的に「読む」力は衰えていくのではないか。多くの人がうすうすとは感じながら「とるにたらないもの」として放置されているこの感覚についても考察する。

『脳が壊れた』(鈴木大介著、新潮新書)は、右脳に発症した脳梗塞の後遺症で、「高次脳機能障害(高次脳)」になったルポライターの闘病記。一命をとりとめ、外見からは「健常者」と変わらないほどまでに回復したが、高次脳は、身体の麻痺などのように一見して分かる障害と異なり、「注意欠陥」「感情の抑制がきかない」など本人にも、家族にも、医者にもその障害の実態がわかりづらい。

著者は、「苦しみを他者に伝えられないことがこんなにも残酷で辛い」ということが、障害の当事者となって初めて知ったことだという。自分の辛さを言葉にできない当事者たちの代弁者になれればと、高次脳特有の辛さや当事者感覚をできるだけ言語化しようと試みている。

2020年の東京オリンピック開催を機に、外国人観光客誘致活動が本格化している。日本への外国人観光客誘致の障壁となるものは、物価高、ホテル不足、メニューや案内板の多言語対応の遅れなどさまざまだが、見落とせないものに、「温泉とタトゥー」問題があると『イレズミと日本人』(山本芳美著、平凡社新書)の著者は指摘する。

著者によれば、世界的にタトゥーが流行しているという。セレブや有名スポーツ選手のタトゥーはメディアを通じて当たり前のように目にするし、タトゥーをしている一般の人を街で見かけるのも珍しくない。従来のように「イレズミ・タトゥーの方の入浴お断り」という姿勢ではホテルや旅館などでの利用者とのトラブルは避けられないだろう。習慣と文化の違いをどう受け入れ、お互いがどう歩み寄るべきか。日本社会におけるイレズミをめぐる歴史と、戦後の日本映画などで描かれてきたイレズミ=やくざ、不良というイメージについて論じる。

(連想出版編集部 湯原 葉子)

編集部より
本記事は連想出版によるウェブマガジン「風(http://kaze.shinshomap.info/)からの転載になります。

N.A.P. Staff
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