Home 新書で知る最新日本事情 2016年3月刊行から

2016年3月刊行から

日本では毎月100以上の新書が出版されている。「教養」から「時事」、「実用」まで 多種多彩な新書群を概観することは、日本の最新事情を知ることでもある。日本で唯一の新 書のデータベース「新書マップ」と連携したウェブマガジン「風」に連載の新刊新書レビュ ーを毎月本紙で紹介する。

「下流」の先にある貧困

『貧困世代/ 社会の監獄に閉じ込められた若者たち』( 藤田孝典著、講談社現代新書)( 写真) の著者は、現代の若者( 15 ~ 39 歳を中心) を「貧困世代(プア・ジェネレーション)」と名付け、彼らの経済的困難は一過性のものではなく、生涯宿命づけられたものだと警告する。

「昔はもっと大変だった」「若い時に苦労しておけば後で楽になる」「努力は報われるはずだ」……という高度成長期のままの楽観的な「眼差し」では、現代の若者たちが置かれた貧困状況を理解できない。学業との両立が不可能な「ブラックバイト」の実態、奨学金返済問題の深刻さを理解できない大人が多い。多くの若者たちの「結婚や出産なんてぜいたく」という切実な声は、きちんと受け止められているだろうか、とうったえている。

日本を支えてきた中流層が崩壊し、「下流」という新たな階層集団の出現による消費傾向の変化を「予言」し、ベストセラーとなった『下流社会/新たな階層集団の出現』( 三浦展著、光文社新書、2005年)から10 年あまり。その「予言」は残念ながらほぼ現実となったといえる。

『下流老人と幸福老人/資産がなくても幸福な人 資産があっても不幸な人』( 三浦展著、光文社新書)( 写真) は、「マーケティング・アナリスト」である著者が、65 歳以上の高齢者を対象に行った調査結果をもとに、年収や資産からみる階層ごとの「幸福度」を分析する。「お金がそれほどなくても幸せ」という老人を増やすことがこれからの日本に必要だ、と提言する。

『雇用破壊/ 三本の毒矢は放たれた』(角川新書)(写真) の著者、森永卓郎氏も『年収3 0 0 万円時代を生き抜く経済学』( 光文社、2 0 0 3 年) などで、「年収3 0 0 万円が当たり前」という時代が来ることをいち早く予測し、「低収入」でも実現できる豊かな人生について示唆していた。当時は「そんな時代が来るわけがない」と批判されていたが、いまや年収300万円すら危うい人々が圧倒的に増えているという。安倍政権の施策により雇用破壊が加速し、極端な格差拡大が起きている今、本書では、庶民が生きる術をどう探していけばよいかを語る。

『隠れ貧困/ 中流以上でも破綻する危ない家計』(荻原博子著、朝日新書)は「贅沢しているつもりはないのに、貯金が増えず、いつの間にか年々貧しくなる」……。一見すると普通やそれ以上の生活ができているにもかかわらず、このままでは将来貧困に陥る貧困予備軍のことを「隠れ貧困」と呼んでいる。「住宅ローン」「教育費」「老後資金」という三つの大きな出費をどうクリアしていくか。具体的な解決策を一つずつ指南している。

中高年の心の闇とは

駅員に対してキレる、コンビニの店員にキレる、銀行の窓口でキレる……。良識あるように見える大人が、些細なことで突然怒り出し、暴言を吐いたり、暴力を振るったりする。そんな事件を聞いたり目にしたりすることが増えている。『中高年がキレる理由』( 榎本博明著、平凡社新書)は、中高年、特に男性が突然キレる理由をカウンセラーの著者が分析する。

『シニア左翼とは何か/反安保法制・反原発運動で出現』( 小林哲夫著、朝日新書)は、安保関連法案反対を訴える国会前の集会、原発再稼働反対を訴える集会、沖縄での辺野古基地反対運動といった反体制の社会運動に参加するシニア世代を追う。1960 年代に学生運動を経験した人もいれば、SEALDs のような孫やひ孫世代の若者たちに刺激を受けて初めてデモに参加する人もいる。彼らは、なぜ運動に参加し、どう活動しているのか。安倍政権に対して怒りを表明したノーベル物理学賞の益川敏英氏をはじめ、シニア世代の学者たち、作家や文化人の発言についてもまとめている。

今なぜ? キューバ、スペイン、米国の三国関係

『カストロとフランコ/冷戦期外交の舞台裏』( 細田晴子著、ちくま新書)の著者はスペイン現代史を専門とする学者だが、元外交官で在スペイン日本大使館で勤務した経験をもつ。冷戦下のキューバ・スペインの二国間、そして米国を含めた三国間の関係を、カストロとフランコという二人の権力者を軸に描いている。いまなぜ「キューバ・スペイン関係」なのか。アメリカ(米州)と宗主国であったスペインとの間で揺れる現代のキューバを理解する上でも興味深い。

『世界の名前』(岩波書店辞典編集部編、岩波新書) は、タイトル通り、古今東西、世界の人々がどのような由来で子どもに名前をつけているか、「姓+名」あるいは「名+姓」のような仕組みは世界共通のものなのかなど、名前にまつわるさまざまなエピソードをそれぞれの地域の言語や文化の専門家が、簡潔なコラムで紹介している。特に、アイヌ語、ウイルタ(旧称オロッコ: 樺太に住む少数民族)語、琉球語といった、日本語とかかわりの深い言語の名前の由来や逸話は実に興味深い。本書には「日本語」という項目はないのだが、できれば、国外の専門家による「日本語」の名付けについての分析も読んでみたかった。

『入門 国境学/領土、主権、イデオロギー』(岩下明裕著、中公新書)(写真)は、北方領土、尖閣諸島、竹島という日本が今抱える「領土問題」解決のヒントを、著者の専門である国境学・境界研究(ボーダースタディーズ) という学問の視点から紹介する。著者はソ連解体後の93 年から、中露関係の研究のため中露国境地域4千㌔に及ぶ距離を旅した経験をもつ。同じ地点を逆側から見た光景を記録することで初めて見えてくる多くの現実を学んだという。

例えば対馬を離島の一つではなく韓国のゲートウェイとして見る、根室から50 ㌔先のサハリンを望む、与那国島から対岸の台湾を眺めるツアーを企画する。陸の国境をもたない日本人にとって、こうした「ボーダーツーリズム」を体験することで、国境が単なる行き止まりや線ではなく、そこから先に広がりをもつゲートウェイ( 玄関口) であり、海を通じて人や物の行き来があったことを感じることが、まず重要ではないかと提案している。

気候変動問題対策、災害リスクへの対策、エネルギーや食料の安全保障。いま、さまざまなグローバルリスクを考える上で最も重要なカギが「水問題」だというのは、『水の未来/ グローバルリスクと日本』(沖 大幹著、岩波新書)。持続可能な、または循環型社会を構築するために必要とされる、水問題への国際社会における取り組みの最前線を紹介する。製品やサービスの材料調達から廃棄までに消費・汚染された水の量を定量的に算定する手法「ウォーターフットプリント」という、新しい用語や概念について詳しく説明する。

銅像、諷刺画… 時代の空気を伝える「メディア」

『第一次世界大戦史/諷刺画とともに見る指導者たち』(飯倉章著、中公新書)は、当時の新聞・雑誌に掲載された、重要人物や戦場を描いた100点近くの諷刺画を織り交ぜながら、第一次大戦の戦いの軌跡をたどる。当時のヨーロッパ諸国で活躍していた、皇帝や政治家、軍人など指導者たちの判断と行動が、戦況にどのような影響を及ぼしていくのか。テレビやラジオもない大戦期に描かれた諷刺画・ポスター・戦争画などの視覚メディアは、現代とは比較できないほどの大きな影響力をもっていたことがわかる。

『銅像歴史散歩』(墨 威宏著、ちくま新書)( 写真) は、歴史の偉人たち、昭和初期まで全国の小学校にあった二宮金次郎像、町おこしとして建てられ今も増え続けている漫画やアニメのキャラクター像など、日本各地に建てられた銅像を取り上げる。元記者である著者が日本全国を訪ね歩き、自身の撮影による150点にも上る写真、それらの設立の背景や現地を訪ねて初めて分かるエピソードなどを加え、貴重な記録となっている。

2000年、石原慎太郎・元東京都知事が提唱した「お台場カジノ構想」以来、10 数年。いわゆる「カジノ法案」=カジノを含む統合型リゾート(IR)整備推進法案(通称IR推進法案)は国会に提出されながらも審議が先送りにされる状態が続いている。『本物のカジノへ行こう!』(松井政就著、文春新書)は、世界中のカジノを自分の足で歩き、身銭を切って学んだ経験から、日本版カジノ実現への方策を語る。カジノの日本導入に際して、反対派はもちろん推進派も、どちらの側もカジノの経験が全くないままカジノを論じていることが最も大きな問題だと警告する。カジノの経験がない人が設計するカジノは、野球に例えると「バットに当たったら3塁に走るようなもの」だというから、想像するだけでも悲惨だ。

(連想出版編集部 湯原葉子)

 

北米報知は、ワシントン州シアトルで英語及び日本語で地元シアトルの時事ニュースや日系コミュニティーの話題を発信する新聞。1902年に創刊した「北米時事 (North American Times)」を前身とし、第二次世界大戦後に強制収容から引き上げた日系アメリカ人によって「北米報知(North American Post)」として再刊された。現存する邦字新聞として北米最古の歴史を誇る。1950年以前の記事は、ワシントン大学と北米報知財団との共同プロジェクトからデジタル化され、デジタル・アーカイブとして閲覧が可能(https://content.lib.washington.edu/nikkeiweb/index.html)。