JRが海外旅行者むけに売ってきた「乗り放題レールパス」が、2017年の3月をもって、日本国籍の海外在住者には購入できないことになった。このレールパスをこれまで何度も使ってきた私は、3月前のギリギリに最後のレースパス購入をして、4月に一週間旅行をしてきた。東京の自宅を拠点に、京都、森岡、栃木県足利、飛騨を巡った7日間の旅を7週に渡ってレポートしたい。
3日目 「盛岡と米沢白布温泉」
自宅で目を覚ますと京都旅行の疲れが少し残っている。第三日目の出発はちょっと遅らせて、東京発9時の東北新幹線に乗る。東海道新幹線と違って東北および北陸新幹線では、レールパスは全線に使える。しかし全席が指定だから、無料で手に入る指定席券をもらうのを忘れないこと。駅構内の切符売り場に立ち寄ってもいいが、満席だと乗れないから要注意。今日は、まず盛岡まで行く。所要時間は3時間ほど。東北へ旅行するたびに立ち寄ろうと考えながら、いつも時間の不足で通り過ごしてきたのが盛岡。一度ちょっとでも足を踏んでおこうというのが今回の旅の理由だ。駅から出ている巡回バスに乗って、街の感じだけでも掴もうというわけである。
駅のすぐ近くを北上川が流れていて、秋になると鮭が登ってくるという。川の淵に立って北の方角へ目を上げ、岩手山を望む。盛岡は石川啄木や宮沢賢治ゆかりの地。市街の中心はそう大きくないことを知ったので5分ほどバスに乗った後、少し歩く。通りかかった歴史資料館を覗き、盛岡のお祭りと南部馬についての陳列とビデオを見る。
昼食はゆっくりと盛岡名物の「わんこそば」をと考え、レストランに入った。海外へ紹介されているのも見かけたのだが、「わんこそば」が何かを自分は知らない。ひとりで、しかも忙しいお昼時に食べるものではなさそうだ。わんこそばレストランを出て、かわりに駅地下で「じゃじゃ麺」を食べた。ゆでた麵に刻んだねぎと味噌がのっているだけ。それをいきよいよくかき回して食べる。麺が残り少なくなるとスープを入れて飲む。東北らしい素朴なものだが、意外とおいしい。
盛岡へ立ち寄ってよかったことの一つは城跡公園の中を歩いたことだろうか。市民が愛するというその公園にあるのは広い空間と石、それと木々だけ。今も少しだけ残っているこの盛岡城の石垣は日本で最も古い城壁だと、通りがかりの男性が教えてくれた。たしかに、江戸城を囲むものより古そうだ。調和の美が感じられる。加えて、北上川沿いに立ち、岩手山を見たので満足とする。
通り越した郡山駅へと戻り、新潟新幹線に乗り換え、米沢をめざす。郡山をすぎると列車はすぐに山のなかへと入る。車窓に広がる風景は、東海道新幹線沿線ではみられないものばかりだ。常緑樹にまじって枝先がまだ裸の寒そうな木々が続く。春はまだ来ていないが、美しい風景である。北の山へと入っていく気分は格別で、米沢駅までの30分ほどは目を車窓に向けたまま景色を堪能した。今でもそうだが、日本の旅は田舎と山間の風景がいい。
今夜の宿は白布(しらぶ)温泉。雨も風も強くなっているなか1時間半ほど待ってやっと来たバスに乗り、磐梯山のふもとを目指した。最初の20分ほどは変哲のない地方都市の、市街地を走る。日本の中都市の中心はなぜかどこも魅力がないと思う。都会でもなく田舎でもないという土地柄の宿命なのかもしれない。バスは少しずつ山へと登ってゆき、そのうちに雪が舞ってきた。とても細かい雪で、風にあおられて舞っている。行く手には枝さきに白い粉を刷いたような木々が細い線を伸ばしている。それが無数の白い線となって静かな優雅さを演出している。満開の花をつけた桜よりずっといいと思った。「ここまで来たかいがあった、これを見ただけなのに」と初めて見るその風景に少し興奮した。そのうちバスは「白布温泉」に到着した。45分の旅(920円)だった。この山の中の温泉は「秘湯」として知られ、古い歴史がある。
旅館「西屋」も150年ほどの歴史があるそうだ。屋根は茅葺で、家屋には新建材はまったく使われていない。年とともに古木の重厚さが増し、艶を放っている。以前来たときそれに魅されたのがこの山奥の温泉まで再度足を延ばした理由である。湯屋のすぐ外の天然の湯をひいた風呂場には、お湯が滝のように勢いよく流れ落ち、湯煙をあげている。さっそく冷え切った体を黒い岩石の湯船に浮かべ、至福の時を過ごす。ここまで来たのはこの湯のためでもある。
白布温温泉は古くから知られた治湯場だ。西屋の古い記録には、「直江兼続(上杉謙信の重臣)が湯に入りに来た」とあるほど。昔の米沢の人たちは、この温泉に浸かるためだけに、私がバスで来た道のりを徒歩で3、4時間かけて来たらしい。ここの若女将は、この湯を守るため日々観察の眼を離さないとのことだ。
この西屋へわたしが最初に来たのは12年ほど前の秋だった。そのときも、夜になって粉雪が舞い始めた。ここ裏磐梯の今年の冬はとくに雪が多かったらしく、今も道端や屋根の下には雪が残り、1メートルほどの高い壁を作っている。だからだろう、4月なのにかなり寒い。私のほかに客は二組しかいない。男性の二人組はスキーをしに来たらしい。宿からすぐの所にゲレンデがあるのだ。冬期は開いてないが、裏の山を越えて磐梯高原へと向かうドライブウェイもある。ピンカーブの多い道路はマイカー族専用で、残念だがバスは走っていない。そこを初夏に走ったらずいぶん気持ちがいいだろう。
(田中幸子)