「代々木公園と明治神宮」
渋谷区のほぼ中央には代々木公園が、その南にはNHK放送センターとコンサートホールがある。代々木公園は戦後しばらくのあいだ米軍に占領されていて日本人は立ち入り禁止だった。緑の芝生に白いペンキ塗りの西洋風の家がいくつもあるのが遠くから見えたものだ。返還後、東京オリンピックのときには選手村として使われた。今は緑豊かな都民の遊び場である。
明治神宮は代々木公園に隣接する大きな緑の「杜」だ。遠方から撮った写真を見ると、無数のビルに囲まれた森が黒く際立って見える。東京という大都会の真ん中にある自然そのものの姿、それが明治神宮だ。
明治天皇がご崩御してから4年後に昭憲皇太后がご逝去した。明治神宮の建設はその年に始められ、5年の歳月をかけて造られた。当時は皇室の所有地ではあったが何もない荒れた地で、そこに植林することから始められた。日本全国だけでなく、台湾とサハリンからも10万本の木が奉納された。それらは森林・植物学者たち協力の元、11万人の青年団メンバーにより植林された。神殿には杉やヒノキを植えるのが一般的だ。しかし、明治神宮には椎や樫の木が多く植えられている。当時、東京では公害が問題となっており、都内の大木・老木が次々に枯れていってた。さらに、代々木の土には常緑樹は向かない。植物学者たちは100年後も残る神殿を設立しようと考え、落葉樹を植林することを決断した。しかし、政府の高官たちは日本の伝統を重んじ反発した。学者たちはなんとか彼らを説得し、結果的に椎や樫の木が植えられた。おかげで太陽の光が届き、木々の下に様々な生物が棲む、今見る明治神宮の杜となった。そこは落葉樹の「永遠の杜」なのだ。
これはNHKのテレビ番組で知ったことだが、植物学や動物学のありとあらゆる分野の専門家、研究者たちが明治神宮の杜へ入り、それぞれの調査を行ったそうだ。23種あるという樹を調査し、一般人が足を踏み込めない場所に踏み込み、水辺や湿地をはじめ落ち葉の下の昆虫や微生物を観察した。その結果、東京のほかでは見られない希少な生物の発見もあったとか。それら生物の生態系は「明治神宮不思議の森」というDVDで紹介されている。また、明治神宮のウエブサイトのなかの「自然・見どころ」を開くと、森の中の、とくに「御苑」で見られる草木が月ごとに紹介されている。なるほど多種多様である。早咲きのしだれ桜もあるとのことだ。
舗装された道もいくつかあり、長い神宮内を歩く人は多い。外国人旅行者も多く訪れている。その中で、ひとつの焦点は「御苑」だ。6月には花菖蒲が見頃を迎え、辺りには蓮池もある。本殿に向かって歩き、東門を入り、水辺に沿って行くと花菖蒲が見えてくる。この御苑は江戸時代に井伊家の下屋敷があった場所を政府の所有地にし「代々木御苑」と称した明治天皇、昭憲皇太后ゆかりの場所だ。「ここに来ると都会にいる気がしない」と明治天皇が歌詠ったほどだ。
明治神宮で結婚式を挙げる人もいる。神宮内のレストランで披露宴を行うこともできる。宝物殿や武道場の他、国際神道文化研究所もある。書道や和歌のコンクールなど、行事も年間に渡って開催される。長い伝統をもちながらも現在の生活に根を下ろしていることを考えると、神道の寄与について考えさせられる。また、神道の神髄が自然と切り離せないものであることは大変ありがたい。
(田中幸子)