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Vol.56 満天の星空の下、野道を歩く男〜みきこのシリメツ、ハタメーワク

vol.56

ソイソース掲載時の「みきこのシリメツ、ハタメーワク」を読んでみたい方は、こちらから!

満天の星空の下、野道を歩く男

クマに命を奪われた人の話をしよう。この8月で30年になる、故、星野道夫さん。カムチャッカのヒグマに食べられて命を落とした写真家だ。アラスカの自然が好きで移住し、原住民からも慕われていた。彼と出会ったのは、そろそろ50年前になる。

当時シアトルの東京銀行で新規口座開設係をしていた私のところにやってきて口座を開いたのが縁で、来行する度にたわいもない話をしていた。同い年で日本語で話せるのが嬉しいと。

彼は19歳の時に古本屋で見つけた本でアラスカに興味を持ち、最西端に近い島、シシュマレフの村長に訪れたい旨の手紙を書いた。半年後にようやく来た返事は、いつでもウェルカム。翌年3カ月ホームステイをし、クジラ漁などを学んだ。日本に帰り大学卒業後の1977年、シアトル経由で再びアラスカへ。

出発の前日、銀行閉店時間ギリギリに、カタコト音をさせながら額縁を持って走ってきたのを、今だに懐かしく思い出す。

「ガラスを切る寸法を間違って、5ミリくらい小さくなっちゃったから」

と説明をしながら、A4サイズの2匹のリスの写真をプレゼントしてくれた。アラスカで動物の写真を撮りたいと。

その日はデクスター・ゴードンのジャズがパイオニア・スクエアであり、これから聞きに行くと言っていた。あれから私の人生もいろいろあり、彼のことはすっかり忘れていた。

20年後、日本へ一時帰国する際、ナショナル・ジオグラフィーをリサイクル用に束ねている時、最後のページに星野道夫の写真と名前を見つけた。おお、活躍してたんだな!と嬉しく思い、調べると8月に東京で個展があることがわかり、行くことに決めていた。

日本で子どもたちを公立学校へ入れ、長男の目黒九中の保護者会に出席した時のこと。ギリギリに入り、空いていた担任の生物の先生の隣に座った。彼はアラスカに行く度に星野の家に泊めてもらっていたと言う。

「明後日、個展を見に行こうと思っているんですよ。久しぶりに会ってびっくりさせようと思って」と私。

「先週亡くなったのご存じないんですか? クマに食べられたそうなんですが」

7月はサケの氾濫時期で人を襲うことはない、というのがアラスカの常識だが、カムチャッカで取材の公園ではクマに餌付けをしていた。日本でも昔は木の実やサケを食べていたクマが、生活区域が狭まり人間の食べ物やゴミが身近に手に入るようになった今、人を襲う。星野だけの問題ではなくなってきている。

あの頃、図書館で彼の書物を漁り読んだ。白熊の親子が、白い息をお互いに吐き合いながら速足で歩く後ろ姿。そこに見える母子の愛と温かさ。氷が解けて割れ目ができると即出発するクジラ漁。出遅れて船に乗れなかった星野は、小高い丘で一人の高齢女性の大漁を祈る静かな踊りを見る。カメラを構えるが、ふと世の中には心の中にだけ秘めておきたい映像があると、シャッターは押さなかった。写真にならなかった分、そのイメージは、逆に生きた映像として私の心に焼き付いている。

結婚後花の写真が多くなったが、雄大な自然と、その大地を駆け巡る動物の写真の方が星野にはふさわしいと思う。

「満天の星空を舞うオーロラを眺めながら考えたことがある。人が一生を閉じる瞬間、ある一つの強烈な風景を思い出すとしたら、自分はアラスカで見続けたオーロラではないだろうかと」