
ソイソース掲載時の「みきこのシリメツ、ハタメーワク」を読んでみたい方は、こちらから!
おいしいとき
「父がね、野菜の絵を描きたいって言い出したの。野菜を切ったときが、一番おいしいときだって。だから、それを描くってね」
がんで胃を摘出した父親の見舞いで日本に行っていた友人が、帰ってくるなりそう言った。胃をなくして食欲も減り、45キロにしぼんでしまった父親は、好きなものでも一口しか食べられない。でも食べる意欲はある。
「このことがなかったら、今までどおり、花の絵を描いていたと思うのよね。お百姓さんが作ったものの一番おいしいときを描きたいって言う気持ち、嬉しかった」
もぎたての新鮮な野菜は、切ったときに小さな水滴が皮のすぐ内側からじんわりとあふれ出て、点々と円を描き、さあ食べてくれ、と言わんがばかりの笑顔に見える。
人生の終盤を向かえ、何がしたいの?と聞かれた時に、おいしい物を食べられること、そのものの旬な時に出会えた縁、その神様の恵みへの感謝の気持ちを絵に描こうという気持ち。うらやましいと思った。お父様にとって、おいしい時が美しいときであり、その美しさを絵で表現したい。そのお父様の気持ちは、心臓をシュンとさせるほど美しいと思った。
結局、絵は描かずに逝ってしまったお父様。私には描かなかった絵が見えるような気がする。



