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北米報知財団パネル・ディスカッション 日系アメリカ人の市民活動について議論

パネル・ディスカッションの動画は、本紙ウェブサイト(napost.com)、もしくは本紙ユーチューブ・チャンネルから閲覧できる。

北米報知財団が9月29日、ベルビューカレッジが開催するジャパンウィークのプログラムの一環として、日系やアジア系アメリカ人による市民活動についてのパネルディスカッションを開催した。パネリストとしてインターリムCDAボード・メンバーのイレーン・イコマ・コーさんと日系アメリカ人市民同盟(JACL)シアトル支部代表のスタンリー・シクマさんが招かれ、モデレーターは本紙編集長の室橋美佐が務めた。オンラインのZOOM上で開催されたディスカッションには35名程が参加し、パネルディスカッションの後には参加者との質疑応答も行われた。

ディスカッションへの導入として、室橋がシアトル地域内のアジア系移民の歴史や、第二次世界大戦中の日系アメリカ人の強制収容について説明。北米報知社の1902年からの歴史についても触れられた。

ディスカッション前半は、イレーンさんがインターナショナル・ディストリクトを中心にシアトルで起きたアジア系アメリカ人の公民権運動について議論した。イレーンさんは、ワシントン大学内でのアジア系学生の抗議運動などを例に、キングドーム・プロテスト以前にもシアトルでのアジア系公民権運動が60年代から始まっていたことを説明。また、黒人学生や他のマイノリティー・コミュニティーとの協力が欠かせなかったとも伝えた。

後半は、スタンリーさんへの質問を中心に、80年代に起きた日系アメリカ人強制収容についてアメリカ政府から謝罪と補償を求める「リドレス運動」について議論された。第二次世界大戦下で、日系アメリカ人が強制収容所に入れられ、職や財産など全てを失ったという壮絶な歴史がある。スタンリーさんは80年代当時、強制収容所へ送られた人々の政府による公聴会で写真撮影を行っており、その際に聞いた強制収容で家族が離れ離れになったエピソードなどを伝えた。また、友人の母親が政府からの謝罪状を額に入れて飾り、同封されていた2万ドルの補償金小切手については気にもかけていなかったというエピソードにも触れ、1988年の政府からの謝罪が日系アメリカ人にとっていかに重要だったかを語った。多くの日系アメリカ人が、政府からの正式な謝罪を受けて「やっとアメリカ市民になれたと感じていた」と伝えた。

JACLは、現在は日系アメリカ人のみならずマイノリティー市民全体の地位向上に向けて活動しており、特に近年では現在も続く移民収容への抗議活動も行っている。インターリムCDAは、現在もインターナショナル・ディストリクトで低所得者向け住宅やコミュニティー・サービスを提供している。ディスカッションの議論は、現在も続く人種差別の問題や、ブラック・ライブズ・マター(BLM)のムーブメントにも広がり、草の根のデモ活動の大切さについて触れられた。また、問題を解決して状況を改善するためには、人々が投票に参加することもとても重要だと、イレーンさんもスタンさんも強調した。

参加者の中には、筆者を含める日本人学生も多く、アジア系アメリカ人の歴史や日系人の強制収容について知らなかった参加者も多かっただろう。祖先を同じくする日系アメリカ人らが壮絶な差別を乗り越え、再びこのようなことが起こらないようにと正義感を持って活動していることを知り、感銘を受けた。

パネルディスカッションの動画はこちらから:https://www.youtube.com/watch?v=UkgfTfK46pI

(谷川晴菜)