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オリンピアの盆踊り
「盆踊りをしたいんだけど、オリンピアにはお寺がないからダメだって言われたんだよ」と、北米川柳吟社の佐藤紅陽さんに言われた。1987年ごろだったと思う。仏教のお寺がないと、本当に盆踊りをしちゃいけないの? 確かにシアトルは仏教会、別院の前の道を塞いで1932年からやっている。
「シルベスター・パークのガゼボ(東屋)に提灯をぶら下げてね、その周りをぐるぐる回って踊ったら楽しいだろうな」という佐藤さんの意見に合致した。私の役割は、タコマの日本舞踊の先生に踊りを4曲習いに通い、オリンピアのコミュニティーセンターでその踊りを一般市民に教え、練習する、というものだった。そのうち兵庫県の姉妹都市、社町(現在の加東市)と連携し、社町の盆踊り、社音頭のテープが送られてきた。急いでそれを学び、一般に教えなくてはならない。タコマ、オリンピア間のドライブや踊りで疲れているのだと思っていたら、なんと第3子の妊娠が判明したのだった。
いよいよ盆踊りの日。佐藤さんは牡蠣の養殖場で働いており、お店を出した。大きなバーベキューのグリルに牡蠣を乗せ、パカっと開いたところで醤油とレモンを絞り、熱々を頬張るのだ。
日も暮れかかり、そろそろ踊りの時間になると思ったころ、1台のバスが公園の入り口に停車した。出てきたのはそろいの浴衣すがたの躍り手20人ほど。シアトル、タコマ、ホワイトリバーからの盆踊り常連さんたち。涙が出るほど嬉しかった。実際、あんな練習だけでしっかり盆踊りが踊れるのかと不安だったのだ。
日が落ちた紺色の空に色鮮やかな提灯が映え、炭坑節、ソーラン節、広島音頭、社音頭、江州音頭に乗せて、総勢で東屋の周りを踊りまくった。
翌年からはキャピトル・レイクの脇、ウォーターストリートで継続することが決定。1991年からはJACL(シアトル日系市民協会)の管轄となり、昨年は場所をサウス・ピュージェットサウンド・コミュニティカレッジに移し開催されたようだ。
始めた翌年、実は市から姉妹都市協会に連絡が入ったのだ。シルベスター・パークではもうしてくれるな、とのこと。なぜ? 佐藤さんいわく、
「東屋の周りの芝生がめちゃめちゃになっちゃったんだってさ」


