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Vol.52 べらんめえ〜みきこのシリメツ、ハタメーワク

vol.51

ソイソース掲載時の「みきこのシリメツ、ハタメーワク」を読んでみたい方は、こちらから!

べらんめえ

テレビの大河ドラマで一躍広まった江戸弁。江戸時代の出版人、蔦谷重三郎のお話。

テレビは見ていないが、日本橋生まれ育ちの私には、べらんめえ調は懐かしい。昭和20年代後半から10年ほどしかいなかったが、近所の畳屋のおじさんとか、隣の運送屋のおっちゃんなど、悪いことをすると「こらぁ、そんなとこにゴミなんか捨てるんじゃねぇぞー」と怒鳴られて、首をすくめてうっすら笑い、逃げていく子どもたちに囲まれて育った。

口調が怖い感じがするし、他県から来た人たちは多分怒っていると思うだろうが、実際は普通にしゃべっているだけなのだ。私は女の子だし小さかったから使わなかったが、一度だけやってしまったことがある。20代半ば、アメリカ人と結婚し久しぶりの日本。しかも新婚旅行で。

当時は5月にでもなれば衣替えの季節だったが、寒かったため皮のブレザー、しかも赤色を着て有楽町駅前を夫と歩いていた。通りすがりの男性が「シガレット、シガレット」と煙草を吸う真似をして「洋モク(西洋タバコ)」を欲しがっているようだ。「ノー」と言っても無視をして歩いていてもしつこくついて来る。私の方に来た時に、言ってしまった。「うっさいわねぇ!ないって言ってんじゃぁないの!」

男だったら、「てやんでぇ。うっせぇな。ねぇって言ってんだろうが。わかんねぇのかよぅ!」

くらい言ってしまったかもしれない。

言われた方は、「なにぃ、このあまー!パンパン(売春婦)かよぉ!」と飛び掛かってきた時、その場にいた男性たちがその男を止めてくれたのだ。夫は?と見ると道の端の方で小さくなって傍観していた。私だって怒っていたわけではなく、うんざりしていただけなのだが。

最近でも使ってしまうのは、「あれ、べっらぼうに高かったよね」とか、長いこと「ひ」と「し」がひっくり返ったりしていた。久子さんという友達がいて、子どもたちがひらがなで「しさこ」と書いた時注意すると、「だってママはしさこさん、て言ってるよ」と言われて気が付いた。当時の幼稚園では「ひおしがり(潮干狩り)」が普通だった。「土地がしくい(低い)」という人もいて、ももしき(股引、ももひき)、車にしかれる(轢かれる)、ゴザをひ(敷く)とかごっちゃになっていた。というより、「ひ」と「し」の間の音というのがあったのだ。

それが亡き母の遺言で私立のカソリックのお嬢様学校に行かされたのだから、たまったもんじゃない。「ごきげんよう」から始まり、「ごめんあそばせ」「おそれいります」「いけないんですことよ」なんて言わなければ仲間に入れてもらえない。次第に無口になってしまった。中学に入ると元に戻ったが。

日本の地点、距離はすべて日本橋から始まっている。その橋はひらがなで名前が書いてあるそうだ。日本橋は入り口は「にほんばし」だが出口のところは「にほんはし」と、濁点はついていない。水を濁らせまいという粋な江戸っ子の気質だとか。