7月、シアトル市役所に寄贈されたのは、日本が誇るものづくりの結晶とも言えるウイルス対策マスク。贈り主は株式会社ユニオンエージェンシー(兵庫県)と有限会社大志(鳥取県)です。関係者に取材し、気になるマスクの特徴や寄贈の経緯について話を聞きました。
取材・文:ハントシンガー典子
神戸に本社があるユニオンエージェンシーは、ライブハウスのハーバースタジオを経営し、イベント企画やグッズ製作も手がけている。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大防止のため、2月29日から営業自粛を続ける中で、何か社会貢献ができないかと衛生製品の取り扱いと行政や医療機関へのマスク寄贈を開始した。
代表取締役の今田晶博さんはこう語る。「今までに経験したことのない事態に課題は山積みの状況ですが、こういう時だからこそ、誰かのためになる行動をしたいと考えました。各方面から感謝が寄せられ、励みになっています。ひとりでも多くの方にこの素晴らしいマスクを知って欲しい」
今田さんが絶賛するマスクは正式名を「バリエールブロック ウイルス対策マスク」と言い、2003年にウイルス研究の権威、鳥取大学の大槻公一名誉教授が地元企業と共同開発したもの。天然鉱物の抗ウイルス素材であるドロマイトを付与するこのマスクは、着用によりウイルスが不活性化するとされる。新型インフルエンザ流行時に人気を博したが、中国製マスクとの価格競争に負け、2013年3月に工場が倒産。しかし、今回のコロナ禍で、2017年に倉庫としてマスク工場を取得していた大志が、今年3月から工場を再稼働させた。「このマスクを日本以外でも知ってもらいたいと考え、神戸市を通じて姉妹都市関係にあるシアトル市への寄贈を申し出ました。米軍からの引き合いもあり、販路はアメリカにも広がり始めています。空気清浄器フィルターなど、ドロマイトを使った新製品も開発中です」
今回のマスク寄贈は、神戸シアトルビジネスオフィスから、神戸市役所国際課での勤務経験もあるシアトル市役所国際課ディレクターのステイシー・ジェリックさんに伝えられ、実現した。ジェリックさんは、「神戸から届いた支援に感謝の気持ちでいっぱいです。両市の姉妹都市関係は今年で63周年。私は20年もの間、シアトル・神戸姉妹都市協会(SKSCA)でもボランティアで活動しています。SKSCAでは神戸からの高校生訪問受け入れ、ジャズ・アーティスト招待など両市交流のサポートを続けており、阪神・淡路大震災から25年経った今年1月には追悼式も行いました」
震災直後の1996年から1年間、神戸で働いたジェリックさんは、神戸と震災に特別な思いを持つ。「神戸ではシアトル市役所での仕事と同じように、国際交流、資料作成、市長の通訳などの業務に携わりました。楽しい思い出ばかりで、友人も大勢います。現職に就くまでは17年間、フリーランスで防災関連専門の日英翻訳をし、神戸とのやりとりもありました。両市の強固な友好関係は、このパンデミックにおいても揺るぎません。これからも、今回の寄付のような人と人とのつながりがより良い未来を作っていくと信じています」。現在、ジェリックさんは地元の非営利団体の協力を得ながら海外からPPE寄付を募っており、寄贈されたマスクは今回の分を含め、警察署や消防署、介護施設などコミュニティーに広く配布している。同時に、PPEを取り扱う海外ベンダーの特定や世界各都市での対応策についての情報収集も行う。「アウトブレイク阻止に成功している日本にも注目しています。今は両市がこの危機を乗り越え、再び活発に交流できる日を迎えることを望むばかりです」