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レイクシティーに「ハヤシ・アベニュー」誕生 戦前の日系農家にちなんで

戦前のレイクシティー・ファームにあったハヤシ家宅(Hayashi Family Collection/Densho.org)

レイクシティーのNE125番ストリートとNE127番ストリートの間を走る28番アベニューNEが、「ハヤシ・アベニュー」と改名された。第二次世界大戦前にこの辺りで農園「レイクシティー・ファーム」を営んでいたハヤシ・シズオさんとヤエコさん夫妻を偲んだもの。夫妻は近隣の学校に木々や植物を寄贈するなどしていたが、開戦に伴って立ち退きを命じられ、二度と戻ることはなかった。今回の改名は、日系アメリカ人が強制収容によって被った損害に対する世間の理解の広まりを反映している。デボラ・フアレス市議が中心となってまとめたシアトル市議会決議31967によって、9月21日に正式に名称が変更された。

典行事に参加した、ハヤシ夫妻の娘のタエコ・タカスギさん(左)と、孫のボニー・タカスギさん。(写真提供=ダニエル・ヒガ)

レイクシティー・ウェイの西側2ブロックを南北に走るハヤシ・アベニューは、その東側に自動車整備のビル・ピエール・フォードとバンク・オブ・アメリカが、西側にはレイクシティー・コミュニティーセンターやレイクシティー・ファーマーズ・マーケット、シアトル市立図書館レイクシティー支部が並び、裏手にはアルバートデイビス公園がある。レイクシティーを紹介するウェブサイト(EnjoyLakeCity.org)によると、ハヤシ夫妻の農園があった場所は現在の図書館の向かい側で、ちょうどフォードとバンク・オブ・アメリカの辺りになる。日系アメリカ人の強制収容の歴史を伝える非営利団体デンショー(Densho)の資料によると、夫妻の自宅住所は12501 30th Ave NE(現在のバンク・オブ・アメリカの住所)だった。

今回の改名は、レイクシティー住民のヘイデン・ビクスビー氏が先頭に立って実現したもので、10月9日に行われた式典行事にはハヤシ家から3名が参加したほか、デンショーのダニエル・ヒガ氏、在シアトル日本国総領事館から稲垣久生総領事、そしてネイサンヘイル高校の生徒らが参加した。

(デイビッド・ヤマグチ、シュレーゲル 京 希伊子)