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ついに来た、パールのネックレス

新型コロナウィルス感染の拡大で、世界が騒然としている。アメリカで最初の同感染による死亡は、ワシントン州の病院で亡くなった方だった。私自身が次女と三女を出産した病院だったので、日本でニュースを見た時は衝撃だった。症状がほとんど出ない人も多いというのが、このウィルス対策の難しいところだろう。各個人が冷静な対応をするのが最も早く収束させる道だと思うし、自分自身にも日々言い聞かせている。

新型コロナウィルスの影響がまだ大きくなかった2月のアカデミー賞授賞式。今年は韓国映画が外国映画として初めて最優秀映画賞をとった記念すべき式だった。私の中では、メイクアップの賞を受賞したカズ・ヒロ氏のコメントが胸に突き刺さった。カズ・ヒロ氏は、「自分は日本人初と言われるのが嫌で、アメリカ人になった。日本の文化に嫌気が差し、従順さも嫌いだ」という内容を語ったのだ。NBAの八村塁選手やテニスの大阪なおみ選手などは、「日本人として」活躍することを誇りに思っている。いや、少なくともメディアに載る彼らのコメントなどからはそう読み取れるので、そうしたコメントや態度に勝手に舞い上がっていたのかもしれない。若い世代の新しい日本人としてのアイデンティティーみたいなものに、自分の子供たちの未来も、勝手に楽観的に夢見ていたのかもしれない。今回のカズ・ヒロ氏の率直なコメントに、日本社会や日本文化のネガティブな部分が改めて浮き彫りになった気がしたのだ。

現実に引き戻されたような、時間が過去に遡ってしまったような感覚を覚えた。カズ・ヒロ氏は、数年前に最初のオスカーをとった際には、映画『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』で俳優ゲイリー・オールドマンをウィンストン・チャーチルにしたメイクで、メイクアップの概念を変えた。今回の受賞は、映画『スキャンダル』で女優シャーリーズ・セロンを、ニュースキャスターとして活躍するメーガン・ケリーに変身させた。チャーチルは既に亡くなっているが、メーガンは現役である。『スキャンダル』映画予告では、シャーリーズ本人だとは分からなかったほど、違う人物に変身していた。このような素晴らしい技術を持つカズ・ヒロ氏から、いつか「日本人としてのバックグラウンドが誇りだ」というようなコメントを聞けたらと願わずにいられない。

全く話が飛んでしまうのだが、「ついにこの時が来た」と言えるような、ジュエリーの話。2020年春夏のコム・デ・ギャルソンのテーマが「オルランド」で、真珠のミキモトとのコラボレーション。全ての男性モデルが、パールのネックレスを着けてランウェイに登場した。映画『オルランド』は、俳優ティルダ・スワンソンを一躍有名にした作品。16世紀末のイングランドを舞台に、最初は男性だった主人公オルランドが、エリザベス一世の命を受けて不死身となり、その間に男性から女性となるストーリーだ。

サッカー選手デイビット・ベッカムのダイヤモンドのパヴェの結婚指輪や、ヒップホップ歌手の大粒のダイヤモンドなどの影響もあり、男性のダイヤモンド・リングは市民権を得てきた。スポーツ選手やエンターテイナーの男性達が目立つジュエリーをつけるのにも見慣れてきた。しかし、そんな中で、パールのネックレスは最後の砦だったのではないか。男性から最も遠いジュエリーが、パールの一連ネックレスではなかろうか。それが遂に、男性向けジュエリーとして大々的にマーケティングされる時代になったのだ。

ポップスターのジョナス・ブラザースのニックとジョーは、グラミー賞のパフォーマンスに一連のパールをつけていた。ラッパーのエイサップ・ロッキーは、プレ・グラミー・ガラで小さな珠の一連に、バロックパールと見受けられるネックレスを重ねていた。このトレンドが一瞬で終わるのか、定番となるのかは、今後のお楽しみ。ミキモト創業者の御木本幸吉の夢は、世界中の女性の首をパールのネックレスで飾ることだった。まさか100年余、男性の首も飾るとは、あの世でさぞかしびっくりしていることだろう。

80年代のアメリカに憧れを抱き、18歳で渡米。読んだエッセイに感銘を受け、宝石鑑定士の資格を取得。訳あって帰国し、現在は宝石(鉱物)の知識を生かし半導体や燃料電池などの翻訳・通訳を生業としている。