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シアトル石垣プロジェクト 1

「カイル、お前酔っ払ってるから運転しちゃダメ」

カイルは文句ありげに顔を上げると、「エェーオォーーだってブツブツブツ(文句を言っている)。じゃあ、トラック行ってくる」と言った。

「運転しちゃダメだよ」

「帰ってくるって」

そう言うと、彼は重そうなブーツをドカドカと鳴らしながらフラフラと家を出て自分のトラックの方に行ってしまった。

しばらくして帰ってくると、手に大きな鉄のランチボックスのようなものを持ってきた。それを家の裏庭のデッキのテーブルにドンと置いた。

不思議に思い、

「何これ、カイル?」と聞くと、

「強いやつ淹れるんだ」と、フラフラとバーナーだのカップだのを取り出し始めた。

見ているといい香りがしてきて、彼はささっと手際よくエスプレッソを何杯も淹れ始めた。明日も作業がある、夜中の12時過ぎである。僕の周りにいた石工たちも、「おお、ありがたい」とか言って集まってきてエスプレッソの小さなカップを持つと、美味しそうに一気飲みするのである。

カイルも二杯くらい飲むと幸せそうな表情になるのだった。

思わず、「あんたらやっぱどっかおかしいよ」と感心してしまった。

「じゃあ、がんばってください。僕は寝ます。おやすみ」――。僕は呆れたまま寝室に引っ込んだ。

夜中の3時頃にマットが目を覚ますと、カイルは庭の芝生の真ん中でタオルを巻いて寝ていたという。「しょーがねーなー、おら、カイル、部屋に入れ。ほら」といってカイルを室内に連れてくるのに成功したが、1時間もしないうちにまた外に寝に行ってしまったそうである。

野生人というより、野生動物に近い感じがした。(後で聞くと、カイルは他の野郎達のいびきがうるさかったから、と結構繊細なことを言うのであった)

◇ ◇  

粟田建設の会長と社長に出会ってから4年。やっとのことで、シアトルで石垣を建設する段取りが整った。

社長達に出会ったのは、ベンチュラというロサンゼルスから一時間半くらい南にある海岸沿いの町だった。2010年春、そこで小さな石垣を建てようというワークショップがあり、僕はそれに参加していた。

ところがこのワークショップのオーガナイザーの爺様がとても頼りのない人で、日本勢を招くだけ招いて自分はさっさと傍観を決め込んだのだった。だから、通訳も、ガイドも、運転手も、オーガナイザーも誰もいなくても、そんなのどこ吹く風で、「ああ、それは大変だ」とまったく他人事かのように構えているのであった。だから、日本語が話せる僕がなんとなくそうしたこと全てをやることになってしまったのである。

しかし、僕にとってはかけがえのない経験になった。社長たちの日本語による説明を訳して、色々お話しているうちに、この人たちはすごい人たちだ、ということが分かった。粟田家二代前の粟田万喜三と先代(十四代目)の粟田純司はともに人間国宝である、只者ではない家系なのであった。

石垣の作業を手伝っているとき、「これはシアトルでやらないと」、と思いついて、シアトルに帰ってきた後もずっとそのことを考えていた。

さて、どこか石垣を建てさせてくれるような所はないだろうか?資金はどうする?ワークショップの形は?人数は?問題はいろいろあった。

唯一問題でなかったのは、石だった。それは、単純に僕が石屋で働いているからであった。後は、とにかく当たってみないことにはどうにもならない。とりあえず、片っ端からあたってみることにした。

日系企業はよさそうに見えてなかなか難しかった。というのも、例えば一つの会社の敷地内に石垣を建ててしまったら、完成した後にそれが私物になってしまって、僕のやろうとしていることの精神と食い違ってしまうことになる。それと、もし、資金源が一つとか二つとか少なかったら、なんとなくそのお金を用意してくれた人、又は組織なり団体なりに依存する形になってしまうのでこれも又困る。

そんな訳で2010年の冬には、とうとう行き詰ってしまったのである。

そこに現れたのがドン・ブルックスというシアトルの窪田ガーデンで庭師長をやっている知り合いであった。彼がある暇な土曜日に会社に来た(それも待ち合わせの時間つぶしに)。色々話しているうちに、ドンは、「そういえば、この前インターネットで西海岸のどこかで日本の職人さんを招いて石垣を作ったやつらがいるのを読んだよ。あれは、かなり前の話だったっけな」と言うので、僕は自分の撮ったワークショップの写真を彼に見せた。

「おお、これこれ、これ。いいよなあ」と彼は話し、その後に正に運命の一言を言ったのである。

「これ、こんなのが窪田ガーデンでできたらいいだろうなあ」

これだ!

ピンと来た。窪田ガーデンで石垣をつくろう。

そう決めた。

(続く)

(児嶋健太郎)

筆者プロフィール

石彫刻家。グアテマラ出身。地元石業者マレナコスのマネージャーを務める。2014年夏に窪田ガーデンで行われた石垣ワークショップに尽力。原稿に関する問い合わせはkumasanhatsan@yahoo.comまで

N.A.P. Staff
北米報知は、ワシントン州シアトルで英語及び日本語で地元シアトルの時事ニュースや日系コミュニティーの話題を発信する新聞。1902年に創刊した「北米時事 (North American Times)」を前身とし、第二次世界大戦後に強制収容から引き上げた日系アメリカ人によって「北米報知(North American Post)」として再刊された。現存する邦字新聞として北米最古の歴史を誇る。1950年以前の記事は、ワシントン大学と北米報知財団との共同プロジェクトからデジタル化され、デジタル・アーカイブとして閲覧が可能(https://content.lib.washington.edu/nikkeiweb/index.html)。